◆脚本術/ビート仕分け◆ - さかえのよ
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(潮)「君の名は。」で泣けない理由

君の名は。
11 /28 2017
「君の名は。」で泣けなかった人がいます。
ほとんどの人が感動していたのに、なぜ自分は感動できなかったのか。
自分に何か落ち度があるのかと思ってしまうくらい、どこが感動ポイントか分からなかった人もいます。
普段、映画ではけっこう泣くほうなのに、この映画ではなぜか泣けなかった。
そんな人が本気で不思議がっていました。
泣けなかったことが不思議すぎて、その理由を分析してる人もいます。

私も感動しなかった一人です。
あんなに皆が感動していたのに、感動できなかった自分、なんなの?
めっちゃ疎外感。
世間から置いてけぼり。
感動できなかった理由が本気で分からな過ぎて、戸惑うばかり。
嫌味でもなんでもなく、泣ける理由を教えてほしい。
そんな気持ち、痛いほどわかります。
というわけで、私も自分なりにですが、脚本術の観点から泣けなかった理由を分析してみることにしました。
脚本術を勉強中ということをご了承の上、お読みくださいまし。

****

私がこの映画で感動できなかった理由。
それは……

「この脚本が、誰でも感動するような形式を取っていないから」

これに尽きるような気がするんです。
私が初めて手に取った脚本術に、こんなことが書いてありました。
以下、抜粋して紹介します。(注釈:ページ最下部)


感動とは、読み手が持つ「心の抑圧」を解放すること。
心の抑圧を解放する手段は、三つ。

1、抑圧を与えて、解放する方法
 これは小説や映画など、物語形式で一般的に用いられるもの。
 誰でも感動できる形式。
 物語の最初で抑圧を与えて、後半でそれを解放することで、感動を得ることができる。

2、抑圧を与えずに、同調することで抑圧を解放する方法
 これは、失恋ソングやガン患者の会などがあてはまる。
 同じシチュエーションの人にしか抑圧を解放させることができないが、ピンポイントで深い感動を与えることができる。

3、「鏡」を見せる方法
 ロールシャッハテストのように、極度に抽象化された、それでいて何か意味がありそうなものを見せると、見せられた人は自らが勝手にイメージして理屈付けを始める。この時、その人自身が持つ抑圧を、その抽象的なものに見出す傾向がある。
 これによって抑圧を解放するという方法。
 「ねじ式」や「エヴァンゲリオン」、PCゲームの「ゆめにっき」など。



以上、こんな3つの方法があるそうで。
私が勉強しているハリウッド式の脚本術は、1の方法にあてはまります。
ハリウッド式脚本術=誰にでも理解できるもの。
save the cat では、国や人種が違っていても理解できるもの、原始人でも理解できるものを書こう、と明記されていました。
誰でも理解できる=たくさんの人が見る=ヒットする、ということのようです。
そのため、人として誰でも理解できるような、本能的な抑圧が必要とされています。
そして物語の展開は誰でも分かりやすいように、主人公はこういうことに困っていて、それがこうなってこうなって、こうなったから、こんな結末を迎えた。
と、ちゃんと説明してくれる方法です。

でも「君の名は。」は、どうも1じゃなさそうで。
2か3のいずれかだと思うんです。
3の例にあげられている作品を私は観たことがないので判断が難しいですが、「君の名は。」は恐らく2なんじゃないかなぁと。
いや、わかんない、3かもしれない。
とにかく1じゃないことだけは確か。

できれば2と3が、どういう形式を指すのかもっと詳しく知りたいところです。
が、きっと、理論だてて他人に教授できるのは1の形式だけで、他2つは教授するのが難しいんだと思います。
作者のセンス・感覚だけがすべて、みたいなことだと思います。
だから教科書は作れないんじゃないかなぁ。

身近に「君の名は。」で大感動し何度も映画館に足を運んだ人がいて、まぁ夫なんですけど、彼に聞いたんです。
どこでどう感動したのかと。
この映画の感動どころについて教えてほしいと。
とにかくあなたが感動した理由と、私が感動しなかった理由が知りたいと。

そしたら、「どうもこうもねぇ!」みたいな返事が返ってきまして。
夫はどうという理由もなく、吸い込まれるようにミツハに感情移入して、感動したとのこと。
私は、この映画は感動するには説明不十分だと感てじていました。
感動するための材料がそろってないし、提示された材料さえ回収されず、「なんだこの映画!?」と感じたからです。
ところが、夫は私が欲した説明や回収など別になくてよかったし、そんなことされたら逆に冷めるとか言い出したんです。

一番泣きそうになったシーンを聞くと、彗星が割れはじめ、町のみんなに避難を促して駆けずり回るところだったのだそうです。
ミツハたちが非難を促してもみんな逃げてくれず、もうだめだ、このままではみんな死んでしまう、みたいなシーンです。
悲しみとか、むなしさとか、そういう絶望感で泣きそうになったのかと聞くと、夫は逆だと答えました。
絆を感じて感動したと。

い、意味が分からない…。
あのシーンで絆なんか感じるか??
不思議すぎて掘り下げたくなりました。

それでよくよく聞くと、夫は「君の名は。」をミツハ視点でこんな風に見ていたのです。
私の言葉で説明します。

@ミツハは父親に従順というか、口答えしたり、意見できない性格を持っている
@そのせいか、漠然とした不安を抱えている
@そのため、安心したい、自分を守ってくれる人との絆を感じたい、と心底では思っている
@勇気を持てず、言いつけを守り、大人しく生きてきたのがミツハ
@そんな中タキと出会い、特別な絆を感じ彼を好きだと自覚したミツハは、不安ながらもタキに会いに行く
@ところが、実際に会えたタキは体の入れ替わりが始まる前のタキなので、ミツハを見ても「誰? お前」と答える
@ひどく傷つくミツハ、そのまま地元に帰り、彗星落下で死ぬ
@しかし時間のねじれに気づいたタキが、時間を超えてまで死んだ自分を助けに来てくれたことに、強い安心感や切れる事のない絆を感じるミツハ
@また、彗星落下が迫り、町民の避難計画を実行するあたりでは、彗星が落ちるなんていう嘘みたいなことをテッシーたちが無条件に信じてくれたことが嬉しいし、安堵しているミツハ
@その安堵あってこそ、信じてもらえなくてもいいから町民に避難を促す、という行動を取れているミツハ
@この時点でタキはそばにいないが、タキやテッシーたちが自分を無条件に信じてくれていること、守ってくれていること、責めないで寄り添い、何があっても手助けしてくれること、それがミツハに勇気を与える
@彗星で死ぬかもしれないピンチな状況だけど、心の中は自分史上最高に、不安から解き放たれているミツハ
@タキの名前はすっかり思い出せなくなってパニックではあるが、「絆」という強い安堵がミツハを動かし、父親に意見する(町民を避難させて!)という決断を可能にさせる

と、こんな映画として見ていました。
なにこれ、こんな説明されたらめっちゃ感動できる映画じゃん…。

でも私が、なんの説明もなくこの映画をこんな風にとらえられるかというと、完全にムリです。
そんな視点、浮かびもしません。
だからこそ、この映画は2か3の形式なんだと思うんですよ。
夫がこの映画をこんな風にとらえることができたのは、自分の中にある抑圧と同調したか(2)、自分の中にある抑圧をあてはめたか(3)です。
私は2も3もしなかったから、感動できなかったんです。
今こうして説明されたら感動できるというのは、1の形式が持つ作業を夫がしてくれたからです。
夫が言うには、タキ視点で観て感動してる人もいると思うとのことです。
夫の話を聞いた限りの印象としては、多分これは、2の形式の映画なんじゃないかと思います。

基本的に私は、1の形式の物語が好きです。
「同調」できる作品に出会った記憶がないっていうのもあるかもしれませんが、映画を観る時に、感情移入して感動したいとは思ってなくて。
起きた出来事、それにまつわる人間模様、そういうのを説明されて理解したいというか。
映画=作者の意見だと思うから、「どんな意見かな?」とか、「そうかそういう意見か」とか、相手(作者)の言い分をフンフン聞いて、あとは自分がそれを好きかどうか、感動するかどうか、になります。
主人公が私とはまったく状況が違う人でも、1の描き方をしてくれれば、十分感動することはあります。
登場人物を自分にあてはめて観ないので、感動の種類は「分かる、分かるよぉ! 言葉にできないけど、この映画、胸にくるよぉ!」とかじゃなく、「この人、こんなにダメっこだったのに、頑張ったねぇ! 心入れ替えて良かったねぇ!」とか、そんな種類の感動が多いです。

私の場合は、同調ではなく、同情です。
その人の身になってみれば、どんな人生も感動必至。そんな感覚です。
登場人物にシンクロするんじゃなく、登場人物の隣でずっと見てる感じ。
ずっと見てたから、あなたがそうなる理由分かるよ、あなたが幸せになってくれて私も嬉しいよ。
そんな感じです。

だからね、私がこの映画を観たまとめとして書いておきたいのは、この映画に感動できなくても大丈夫なんだぜってことです。
「同調できる人にしか感動できない(2)」もしくは「自分の抑圧を当てはめた人にしか感動できない(3)」という描き方がされてるんだから、もしあなたが感動できなかった場合、「あー、自分の中にはこの映画に対する同調要素はなかったし、自ら抑圧を当てはめてとらえるという作業もしなかっただけなんだな。そしてそんな人間は、日本では少数派だったんだな」でいいんです。

そして、この映画に感動できなかった理由として、「脚本がなってないからだ」みたいなことを言わなくてもいいんだと思うのです。
確かに1の形式で描いてくれれば、感動できなかった派は感動できると思います。
でも、あの形式だからこそ深い感動を覚えた人たちは、どうなりましょう?
1の形式で描かれたら、彼らにとって大した感動じゃなくなっちゃうんです。
父親との確執はどうなった?など描かれたら、彼らにとってはいらない情報が増えちゃうんじゃないでしょうか。
大感動が小感動になっちゃうなんて、それはそれで可哀そうだし、もったいないことだから、この映画はこの脚本で万事オッケーだったんだと思うんです。

でね、この映画、ハリウッドで実写化するって決まったそうじゃないですか。
恐怖の予感がしてる人が多数いるみたいですけど、
ある意味、感動できなかった派にとっては楽しみじゃないですか?
もしかしたらハリウッド方式で、つまり1の方式で、描いてくれるかもしれないんですよ。
そしたらさ、私でも感動できる作品になるんじゃないかなー。
1の描き方したら、日本版で感動した人たちは怒るかもしれないんだけどさ。
作品のコアな部分が継承されて描かれるんだったら、1の方式になるくらいは、大目に見て許してほしいなーとか思ったりなんかする。




***

(注釈)
今回紹介した3つの感動形式は、以前、インターネットで無料公開されていた脚本術の読みものでした。
確か「シナリオの方程式」というタイトルだったと思います。
私は「葛飾、最後のピース」を、これを参考に完成させました。
当時はファイルがダウンロードでき、印刷したものが今でも手元にありますが、表紙などは印刷しなかったため正確なタイトルが分かりません。
今でも検索すれば関連HPに行けるので、興味のある方は検索してみてください。
著者は、中村あやえもんさんという方だと思います。





(潮)映画「君の名は。」のビート-3

君の名は。
11 /27 2017
※映画のネタバレしてます。
※この記事にあるジャンルやビートは、私が「save the cat」という脚本術の本を参考に分けたものです。断定的に書いてはいますが、練習ですので間違っている可能性が十分にあります。ご了承ください。
※ジャンルやビートの説明については、このブログでは特にいたしません。ご自身でご確認ください。
※ジャンル分け記事同様、ビート分け記事も個人的なメモ要素が高いので、意訳になっていたり、映画を見ていないと解らない表記もあると思います。そのへんはもろもろお許しを。
※◇がビートです


*****


◆第3幕
※)なんだかすごく自信がないけど、ここからが第3幕だと思うんだよな…。

◇フィナーレ開始
 @タキが目覚めると、ミツハの体の中に入れ替わっている
 @彗星が落下する以前に戻ることができた
 @糸守町もミツハの家族も無事にまだ生きている
 @ミツハの髪型はバッサリ切ったあと



 @ミツハのばあちゃんとの話から、体の入れ替わりが起きていたのがミツハとタキだけではなかったことが判明
 @ミツハのばあちゃんにも、母ちゃんにも、入れ替わりが起きていた
 @ミツハたち神社家系が代々入れ替わりを体験するようになっているのは、どうやら、1200年ごとに彗星が落ちることを示唆する特殊能力的ななんとかかんとか
 @舞とか口噛み酒とか、火事で失われた神事の理由も、きっと彗星が落ちることを示唆するなんとかかんとか
 @そんな小難しいことに気づくタキ



 @だが、ミツハのばあちゃんをはじめ、町民は彗星落下のことなど誰も信じてくれない
 @自力で糸守町を救うことを決意するタキ
 @唯一信じてくれたテッシーら友人と協力して、彗星落下から町民をみな生き延びさせる計画を練り、準備していく



 @彗星が落下するからと説明し、ミツハの父(町長)に、町民を避難させるよう直接かけあうタキ(ミツハの体で)
 @しかしミツハの父は反対し、「お前は病気か? 病院へ行け、話はそれからだ。妄言は宮水の血筋」とかなんとか
 @まったく聞く耳持たないミツハの父。その胸倉につかみかかるタキ(ミツハの体で)
 @ミツハがミツハでないことに気づく、ミツハの父
 @しかし説得はうまくいかなかった



 @誰も彗星落下のことを信じてくれず、「ミツハでないと説得できないのか、俺じゃダメなのか」と思うタキ
 @前日に(だったっけ?)、ミツハが東京へ行っていたことが判明。一体なぜ?
 @もしかすると今現在、自分と入れ替わっているミツハは、自分の体がある場所、つまり口噛み酒を飲んだあの祠にいるのではと思い当たるタキ
 @急いで祠へ向かう



 @一方ミツハは、祠にてタキの体の中で目を覚まし、糸守町が壊滅している風景(タキの住む現在)を山頂から見下ろす
 @自分はあの時、彗星落下によって死んだのだと自覚するミツハ



 @ミツハは髪を切る直前、タキに会うため東京へと出向いていたことが判明
 @風景、記憶を頼りに、タキを探して東京をさまよったミツハ
 @奇跡的に東京でタキを見つけるが、ミツハが声をかけても、名前を名乗っても、タキはミツハが誰だか分からない
 @今目の前にいるタキが、体の入れ替わりが始まる前のタキ、つまり3年前のタキだと気づいていないミツハ
 @別れ際、髪を結っていた組み紐をタキに渡すミツハ
 @タキは祠へ向かいながらこの出来事を自力で思い出し、ミツハは3年前に会いに来てくれていたのだと知る
 @手首に巻いている組み紐をもらった相手は、3年前のミツハだったと判明



 @祠のある山頂に到着
 @時を超えて、今同じ場所にいるだろうミツハを探すタキ
 @名前を呼ぶタキの声が時を超えて聞こえ、ミツハもすぐ近くにいるだろうタキを探す
 @声を頼りに、互いを探す二人。声ではすぐ隣にいると分かるが、姿は見えない
 @黄昏時のほんの一瞬、やっと、初めて、互いの姿が見える
 @それとともに、体の入れ替わりも元に戻る



 @再会の喜びもつかの間、彗星落下からみんなを避難させなければいけない二人
 @もう互いの名前を忘れないよう、ミツハの手のひらに自分の名前を書くタキ
 @ミツハもタキの手のひらに名前を書こうとするが、その瞬間、黄昏時は終わり、二人は再び分かたれる
 @一瞬で目の前からミツハが消え、3年後の山頂に残されるタキ
 @やっとミツハの名前を思い出した、もう大丈夫。そう確信するのに、またしてもあれよあれよで名前を忘れていくタキ



 @彗星落下直前に戻ったミツハ、テッシーらと練った計画通りに町民を避難させようと奮闘
 @だがその間にも、タキの名前を忘れていってしまうミツハ
 @計画通りに事は運ぶが、危機感のない町民の避難は遅々として、彗星落下まで間に合いそうにない
 @タキの名を思い出せない事にパニックなミツハだが、テッシーに促され、直談判のため父の元へ走る
 @町長である父が彗星落下を信じてくれさえすれば、迅速な町民への避難指示が出る、みんな助かるはず
 @だが父のもとへ向かう途中、ミツハらの計画(いたずら扱い)は役所によって阻止され、町民の避難が止まってしまう



 @走りすぎて派手にすっころぶミツハ
 @町民の避難は止まってしまうわ、タキの名は思い出せないわで、心折れそうなミツハ
 @タキとのことに現実感がなくなっていくミツハだが、手のひらにはタキが書いたはずの彼の名がある
 @と思いきや、タキの名は「好きだ」の文字にすり替わっている
 @文字はすり替わっているが、その文字があるということは絶対に夢じゃないはず
 @再び奮い立つミツハ
 @猛ダッシュで父のいる町長室にたどり着く



 @彗星のかけら、糸守町に落下
 @爆発
 @からの、町壊滅



 @一方タキ、山頂にて目覚める
 @自分がなぜこんなところに倒れていたのか分からないタキ



 @彗星落下から8年の時がたち、時間軸は映画のオープニングに戻る
 @社会人になったタキ
 @以前、奥寺先輩と男友達その1と糸守町へ行ったことはあるが、その時のことはぼんやりとしか記憶にないタキ
 @なぜ当時の自分がそんなにも、糸守町にこだわっていたのか分からない


◇FINイメージ
 @タキがミツハを助けに行く前とは、現実が変わっている
 @糸守町に彗星のかけらは落ちたが、町民はみな無事に助かった
 @当日は偶然にも、町をあげての避難訓練がされていたので、かけらの落ちた場所には誰もなかった。という現実になっている



 @社会人のミツハとタキ
 @映画のオープニングにもあったように、お互いに欠落感を抱きながら暮らしている
 @街中ですれ違うが気づかないタキとミツハ
 @なんかもう、胸中の欠落感にもやもやもやもやもやしながら暮らしてる
 @そんな生活を続ける中、並走して走る別々の電車内に互いを見つける二人
 @目が合い、奇跡的にやっと見つけた感爆発
 @二人とも次の駅で電車を降り、大慌てで互いを探す
 @探して探して、やっと出会う
 @互いが互いの欠落感を満たす相手を見つけたことを確信
 @互いに、忘れてしまった相手の名をたずねあう



おしまい


****

【感想】
どうですか、この無理やり仕分けた感!
そりゃそうだよ、ハリウッド式のシナリオじゃないんだから。
無謀すぎたな。
でも勉強になりました。
この映画に関しては、もう少し書き留めておきたいことがあるけど、それはまた今度。
別記事にします。




(潮)映画「君の名は。」のビート-2

君の名は。
11 /26 2017
※映画のネタバレしてます。
※この記事にあるジャンルやビートは、私が「save the cat」という脚本術の本を参考に分けたものです。断定的に書いてはいますが、練習ですので間違っている可能性が十分にあります。ご了承ください。
※ジャンルやビートの説明については、このブログでは特にいたしません。ご自身でご確認ください。
※ジャンル分け記事同様、ビート分け記事も個人的なメモ要素が高いので、意訳になっていたり、映画を見ていないと解らない表記もあると思います。そのへんはもろもろお許しを。
※◇がビートです


*****


◆第2幕

◇おたのしみ開始
 @前前前世の曲に合わせて、軽快に入れ替わりの日々が続いていく
 @ミツハとタキが、書き残せるものを駆使して互いに交流し始める
 @タキには奥寺先輩という片思いの相手がおり、入れ替わったミツハの手腕で、タキと先輩の仲は急速に発展していく



 @ミツハの体に入ったタキの、とある一日
 @タキはミツハが先日作った口噛み酒を、ミツハのばあちゃん、妹とともに、山頂の祠へ奉納しに行くことに
 @その道中、ばあちゃんによる「むすびとは何か」の説明
 @むすびとは……神の力。糸をつなげることも、人をつなげることも、時間が流れることもむすび。水でも米でも酒でも、人の身体に入ったもんが、魂と結びつくこともまたむすび
 @組み紐とは……神の技。時間の流れそのものを表している。縒り集まってかたちを作り、捻れて、絡まって、時には戻って、途切れて、また繋がる



 @奉納の後、タキが山頂から見下ろした湖はまだひとつ



 @タキとミツハの入れ替わり生活は続く
 @タキは制止していたが、ミツハは奥寺先輩とタキの間柄を、デートの約束をするまでに発展させてしまう
 @しかし実際に奥寺先輩とタキがデートに行ってしまうと、突然涙があふれだすミツハ(タキへの特別な思いを自覚)
 @奥寺先輩とのデートで写真展を訪れたタキ、先日山頂から見下ろした湖の写真を発見。飛騨と判明。食い入って見つめる
 @デートの最後、奥寺先輩から、「あなた昔は私のことが好きだったけど、今は別の好きな子がいるでしょ」と指摘されるタキ



 @どうやらこの日(タキと奥寺先輩のデート日)は、ショックのあまり学校をさぼったらしいミツハ
 @しかしその夜は村祭りがあり、友達のテッシーらから誘われ出かけることに
 @村祭りに現れたミツハは長かった髪を、ばっさりボブにまで切っていた。失恋を疑うテッシー


◇ミッドポイント(絶不調)
 @村祭りの最中、空に彗星が現れる
 @それはずいぶん前から、世紀の天体ショーと日本中が盛り上がっていた彗星
 @ミツハが見上げるなか、彗星はふたつに割れ欠片が落下しはじめる(そこでこのシーンは終わり)



 @一方タキは、ミツハの携帯に電話をかけてみることに
 @初めて電話をかけたがつながらず
 @この日以来、二人は体の入れ替わりが起きなくなる

※)このシーン以降、いきなり危険度がアップするということで、ここがミッドポイントだろうと思います。
ミツハはタキに失恋したみたいな状態になっているし、タキもここでミツハを失う。
二人のつながりが切れるので、とりあえず「絶不調」としました。



◇迫りくる悪い奴ら
 @入れ替わりのなくなったタキの日々
 @ミツハの住む糸守町の絵を描きまくるタキ
 @タキはその絵を持って、ミツハの住む糸守町へ行ってみることに
 @記憶を頼りに飛騨へ向かい、ミツハへ会いに行くつもり
 @男友達その1と、奥寺先輩が、その旅に同行する



 @糸守町にはだいぶ近づいているはずだが、タキの描いた絵を見せて聞き込みして回っても、誰もその風景を知る人がいない
 @3人が立ち寄ったラーメン屋の主人だけが、その絵を見て「糸守町だ」と教えてくれる
 @しかし糸守町は三年前に、彗星の落下で壊滅しており、今は存在しないと判明
 @男友達その1と奥寺先輩は、彗星落下で糸守町が壊滅したことを覚えている。タキの探していた町がそこだったと、今初めて知る
 @しかしタキは、3年前にあったというそんな大惨事を覚えていなかった


◇全部ダメになる(絶好調?)
 @ラーメン屋の主人に案内され、タキが描いた絵と同じ場所へ行ってみる3人
 @タキが描いた絵では、湖はひとつ
 @だが現在同じ場所から見える湖は、3年前の彗星落下により二つに増えている
 @タキが知るミツハは3年前のミツハだったと判明
 @二人の間に時間差があったこと、ミツハが糸守町に住んでいたのなら今はもう死んでいるかもしれないこと、それらを受け入れられないタキ
 @しかしミツハの死を示すかのように、ミツハがタキのスマホに残したメモは、タキの目の前で文字化けして消えていく



 @飛騨の図書館で、彗星落下の資料を読み漁るタキ
 @死亡者リストの中にミツハの友人たち、ミツハの家族、そしてミツハの名を発見
 @ミツハは3年前に死んでいた

※)save the cat では、ミッドポイントと全部ダメになるのビートは対になっていると書かれています。
そしてミッドポイントが絶好調であれば、全部ダメになるは絶不調。
逆にミッドポイントが絶不調であれば、全部ダメになるは絶好調。とされています。
この映画では、どちらも絶不調に見えます。
でも一応、こちらのビートは「絶好調」としてみました。
理由は、「ミツハが3年前の人間で、すでに死んでいる」という確かな情報が手に入ったからです。
タキの気持ち的にはショックな情報だけど、ミツハを探すという点ではやっとハッキリした情報をゲットできています。



◇心の暗闇
 @飛騨の旅館に泊まる3人
 @奥寺先輩は、「最近のタキは変わった。時を超えてタキとミツハが交流していたかどうかは分からないが、ミツハがタキを変えたことだけは確かだろう」という内容の発言



 @しかしタキの記憶からは、ミツハの思い出が消えていっている
 @すでにミツハの名前が思い出せなくなっている
 @失われていく記憶と戦うタキ
 @糸守町を知っていると思ったのは、3年前に彗星落下のニュースがたくさん流れていて、それで見たことがあったから? ニュースで見たことを忘れていただけなのか?
 @現実的な確信がなにもなくなっていき、「すべて自分の妄想だったのか…」と思い始めるタキ



 @奥寺先輩がタキの手首に巻かれた組み紐に注目
 @お守りがわりにたまにつけるのだと答えるタキ
 @だが、その組み紐をいつ、誰からもらったのか、思い出せないタキ
 @やはり、「絶対に、誰か大事な存在がいるはず」という感覚だけが残っている
 @そして誰かから聞いた、「組み紐は時間の流れを表す」といった内容の言葉は、記憶にしっかり残っているタキ


◇第3幕への侵入・選択
 @翌日、一人であの祠へ向かうタキ
 @口噛み酒を奉納した記憶を頼りに山へ登り、祠を目指す
 @その道中、ミツハのばあちゃんが語っていた「むすび・時間の概念」といった言葉を反芻するタキ
 @山頂で祠を見つけ、ミツハとの交流は本当にあったことだと確信を持つタキ
 @「人の身体に入ったもんが、魂と結びつくこともまたむすび」なら…と、祠の中でミツハの口噛み酒を飲むタキ
 @これで再び二人が結びつき、また体の入れ替わりが起きるかもしれない



 @祠の中で足を滑らせ、転倒するタキ
 @倒れながら目に入ったのは、祠の天井に描かれた、二つに分かれる彗星の絵



 @突如、異空間に吸い込まれるように、時間の渦の中を旅するタキ
 @タキは、受精卵が細胞分裂を始めるところから、ミツハがこの世に誕生し、成長していく過程を怒涛の勢いで見ることになる
 @そして彗星落下により、ミツハが死ぬところまで。ミツハの一生を見せられたタキ



つづく




(潮)映画「君の名は。」のビート-1

君の名は。
11 /25 2017
※映画のネタバレしてます。
※この記事にあるジャンルやビートは、私が「save the cat」という脚本術の本を参考に分けたものです。断定的に書いてはいますが、練習ですので間違っている可能性が十分にあります。ご了承ください。
※ジャンルやビートの説明については、このブログでは特にいたしません。ご自身でご確認ください。
※ジャンル分け記事同様、ビート分け記事も個人的なメモ要素が高いので、意訳になっていたり、映画を見ていないと解らない表記もあると思います。そのへんはもろもろお許しを。
※◇がビートです


*****


この記事は、「君の名は。」をハリウッド式脚本術でビート分けしてみようという試みです。
けっこう無理やりです。
(つД`)ノ




題: 君の名は。
ジャンル: 相棒愛
主人公: ミツハとタキ
主人公が倒すべき敵: (あえてハリウッド式にあてはめるなら)彗星落下による町壊滅という運命、ミツハの父コンプレックス


*****


◆第1幕
◇OPイメージ
 @彗星が地球上に落下してくるシーン

◇テーマの提示その1(OPイメージとしても機能中)
 @タキとミツハ(いずれも大人)の日常
 @二人は「何かが消えてしまった。それをずっと探している」という欠落感を胸に、日々を過ごしている
 @「その感覚が芽生えたのは、彗星が日本に落下したあの日からだ」と、二人とも自覚している

※)開始数分で、早くもテーマが提示されている模様。
「消えてしまった何かをずっと探している」という欠落感がそれ。
これをテーマとして認識し覚えていられるかどうかが、第1幕後半のインシデントに惑わされず鑑賞できるかに関わってくると思われます。


※)ちなみに、この始まり方は「本立て式回想」。
映画の最初と最後だけが現在、中間は過去というものです。


◇セットアップ
 @既にミツハとタキの入れ替わり現象が始まっている
 @ミツハの状況説明開始
 @ミツハは、父との間に確執を抱えている
 @父は政治家
 @父が政治家ということで、ミツハに心ない嫌味を言ってくるクラスメイトが数名いる
 @「昨日は別人のようだった」と周囲から言われるが、身に覚えのないミツハ
 @ミツハは体が入れ替わっていることにまだ自覚なし。そんな夢を見たかなと思っている
 @授業で黄昏時の意味を提示
 @住んでいる糸守町が嫌いなミツハ



 @ミツハの家は神社、ミツハは巫女
 @組み紐を編むのは、神社の大事なおつとめ
 @だが組み紐を編む意味は、今は分からない。過去に起きた大火事で古文書が燃えたため
 @「意味は分からなくても、組み紐は糸守千年の歴史を持つ重要なもの」と、ミツハのばあちゃん談



 @ミツハと妹が、神事の舞を踊るシーン
 @同じく二人が、口噛み酒を作るシーン
 @これらの巫女のおつとめに何の意味があるのかは、やはり分からない
 @巫女の仕事も嫌いなミツハ


◇きっかけ
 @生まれ変わったら東京のイケメン男子になりたいと願うミツハ

※)これをきっかけとしていいかどうかは非常に悩むけど、タイミング的にこれにしてみました。
他にはそれっぽいのないし…。
ハリウッド式でいくなら、きっかけのあとに入れ替わりが起こるのが基本的な流れなんだと思います。
日常とは違う状況(体が入れ替わる)に放り込まれるのが第2幕。
なので、第1幕冒頭から入れ替わりが起こってるのは、ハリウッド式に照らし合わせると不思議というか。
もしハリウッド式でいくなら、「第2幕への侵入・選択」というビートで入れ替わりが発生するのがお手本通りかなーと思います。
でも以前の記事にも書きましたが、これを願ったのは3年前のミツハなので、これを「きっかけ」というビートにしてしまうのもアリなのかもしれません。



◇きっかけに対する賛成と反対
※)見当たらないと判断しました。
きっかけというビート自体、あるようなないようなといった感じですし。
ミツハの願いに、賛成してる人も反対してる人もいません。
強いて言えば、ミツハの妹が呆れたような反応を見せたかもなぁという感じ。



◇第2幕への侵入・選択
 @ミツハとタキ、入れ替わりの生活が続く
 @はじめは夢だと思っていたが、徐々に見過ごせない証拠を得だす二人
 @自分たちが本当に入れ替わっているという確信を得る二人

※)このビートはもうここしかチョイスできません。このあとは第2幕だと思うので。
ちなみにハリウッド式では、ここでのインシデントがセントラルクエスチョンを作り出すということです。
しかしこの映画を観ている観客がここで受け取れるセントラルクエスチョンは、フツーに考えれば、「果たして二人は、入れ替わり生活をなんとか脱出できるのか?」というものだと思います。
けどそれは、実はこの映画において、真のセントラルクエスチョンではなさそうです。
この映画の真のセントラルクエスチョンは、「果たして二人は、時を超え、記憶を超え、出会うことができるのか?」だと思います。
しかしそのクエスチョンの提示があったのは、映画の冒頭でした。
「消えてしまった何かをずっと探している」というアレです。
あの冒頭でのテーマの提示を覚えていたとしても、この時点ではだいぶ印象が薄れているのもあるでしょう。
ハリウッド式映画に慣れている人は、やっぱりここで見せられる「果たして二人は、入れ替わり生活をなんとか脱出できるのか?」というひっかけセントラルクエスチョンを注視してしまう気がします。
もしかするとこのセントラルクエスチョンの誤解(?)が、ハリウッド慣れしたアメリカ人がおっしゃってた「オモッテタノトチガーウ! ワクワクスルー!」なのかもしれません。






つづく


(潮)映画「君の名は。」を分類してみる その2

君の名は。
11 /07 2017
※この記事にある分類は、私が「save the cat」という脚本術の本を参考に分けたものです。断定的に書いてはいますが、練習ですので間違っている可能性が十分にあります。ご了承ください。
※ネタバレしてます。


****

以前に、映画「君の名は。」を分類してみる、という記事を書きました。
小説を読んだだけで分類してみようという暴挙でした。
今、ざっと読み返してみたらチラホラ適当なことが書いてありましたね。
別に彗星落下を阻止しようとはしていないよ(笑)

今回やっと映画を鑑賞することができましたので、映画を観たうえでのアンサー記事を書いてみたいと思います。
でもまた適当なことを書くだろうと思います。

ちなみに私は、2回鑑賞しました。
皆さんおっしゃるように、2回以上見たほうが楽しめますね。
時間が入り組んでいるので、初回は混乱必至。
このシーンはあのシーンよりも過去だったのか、などが2回目のほうが分かりやすいです。
映画を鑑賞してみた結果、やっぱりジャンルは「相棒愛」だなと思いました。
以下、アンサー。

****

>途中でビックリ展開になる
>今まで体入れ替わり系のラブコメかと思っていたら、突如、彗星が地球に向かって落っこちてくる展開になるから

これ、映画を観た人から聞いていた話では「突如」だったのですが、突如でも何でもなかったです。
かなり初期段階から彗星の話出てるし、なんならOPイメージがもう彗星落下シーンでした。


>なんでここでビックリするかというと、「ジャンル」がここで切り替わるからじゃないか
私が観た感じ、ジャンルは切り替わっていないと思いました。
この映画、一貫して相棒愛ジャンルだと思います。


>映画のスタートはこんな設定、展開から始まる。
>1…とある男女がいて、二人の体が入れ替わる
>2…しかもきっかけは、入れ替わりたい(生まれ変わったら男になりたい)と願ったこと
>これらは「魔法のランプ」というジャンルに属すものだから、観客はこの映画を「ラブコメ要素の入った、魔法のランプ」だろうと思い込むんじゃないか

これ、どうでしょうかね?
脚本術など無関係な観客としては、やっぱり騙されますかね?
私はミスリードする意図を感じなかったというか、魔法のランプっぽさを特別に演出しようとはしてないなと思いました。
なぜなら、上記の2がビミョーだからです。
映画のシーン順番としてはこうでした。

①映画冒頭から、すでに体の入れ替わりが始まっている
②だがまだ何が起きているか主人公たちに自覚はない。なんかそんな夢見たかなーくらいに思ってる
③そんな中、「こんな町いやだ、生まれ変わったら東京のイケメン男子になりたい」とミツハが願う

こんな順番だから、観客が映画鑑賞している流れの中では、「生まれ変わりたいと願ったことが、入れ替わりのきっかけ」(魔法のランプ発動)とは受け止められません。
でもストーリーの時間軸では、これを願ったミツハは実は3年前のミツハなので、この願いがきっかけで入れ替わりが起こったとも考えられます。
ほーらね。ビミョーです。
しかしいずれにせよ、この映画は「相棒愛」ジャンルで一貫してると思うので、監督が「魔法のランプ」としてミスリードしようとしてた感じはありませんでした。
でもCMでは、かなりミスリード狙ってたと思います(笑)


>「魔法のランプ」のつもりで映画を観ている。
>なのに突如、彗星落下の危機がやってくる。
>なんだなんだ、思ってたのと違うぞ!?
>って観客は驚く。
>この、「一般市民が彗星落下を阻止せねばならない」という展開に、観客はこう思うのではないでしょうか。
>この映画は「難題に直面した凡人」ジャンルだったのか!と。

はい、そうは思わない(^^;)
さっきも書いたけど、一応ここでも凡ミスを訂正します。
彼ら、彗星落下を阻止しようとはしてません。
彗星落下で死ぬことになる人々を非難させようとしているのです。
この要素自体は「難題に直面した凡人」ジャンルではあるけど、やはり監督がそうミスリードしようとしてる感じはありませんでした。
観客もそう思って観てはいないんじゃないかな。
人々を非難させなきゃってなるのは、だいぶ後半ですものね。
「なんだなんだ、思ってたのと違うぞ!?」とはならないよね。
なるかな?
人による?
このへんでもやはりずーっと相棒愛で一貫してるので、「難題に直面した凡人だったのか!」とはならないように思いますが。


>男女二人の体が入れ替わらなくなったあたりからが、第2幕だと思う
違うと思います。
予想がポンコツすぎるぞ、私。
多分、二人が入れ替わってることを確信したところが第1ターニングポイント。
そのあとが2幕。
前前前世の曲に合わせて、慌ただしく入れ替わり生活に奮闘してるところが、お楽しみビートです。


>この3幕構成にもビックリの要素があって。
>「魔法のランプ」だと思って観ている観客は、二人の体が入れ替わったところからが第2幕、と感じていると思うのです。
>だからジャンルだけでなく、構成の上でも、彗星落下にビックリするんだと思うのです。
>まだ本題に入ってなかったのかよ!と。
>今までのドタバタ劇はセットアップだったのかよ!と。

だからな、そうは思わないんだよ。
そういう意味でビックリなんかしないんだよ。
もう訂正するのイヤになってきた。
予想がほとんど違います。
ビックリした人たちが何にビックリしたかは分からないけれども、少なくとも、「二人の体が入れ替わったところからが第2幕」とは感じなかっただろうし、「彗星落下以降が本題だったのか!」とも、「今までのはセットアップだったのか!」とも思わなかったことでしょう。
そういうところでビックリしたんじゃないと思う。
何にビックリしたかはわかんないけど、そこじゃないとだけは言える。


もうこれ以上はアンサー面倒くさいから、そのうちビート仕分けの記事書いてみます。
ざっと仕分けしてみた感じ、やはりハリウッド映画ではないからきっちりと分けられないところもあるけれど、トライしてみます。


【追記2017/11/7】
>この映画がヒットした理由のひとつには、この「ジャンル混合の意外さ」もあったんじゃないかなと思います。
私が実際に映画を観たところ、ジャンルが混合してる気はしませんでした。
一貫して相棒愛。
ただ、他のジャンルが扱うべき要素が入っているだけ。
つまり、3つのジャンルをまたがってる、という予想は間違いでした。
ですが先ほど、アメリカ人の口コミかなんか見てたら、ジャンルに惑わされてる方の意見がありました。
こういう映画だと思って観てたら、予想と違う展開になる、びっくりするよ!ワクワクするよ!みたいな。
ハリウッド映画になれてる人は、別ジャンルの要素が入っているだけでも、やっぱりなんのジャンルか混乱してくるのかもかれません。


(潮)映画「メン・イン・キャット」のインシデント

その他
10 /25 2017
※映画のネタバレしてます。
※断定的に書いてはいますが、練習ですので間違っている可能性が十分にあります。ご了承ください。
※個人的なメモ要素が高いので、意訳になっていたり、映画を見ていないと解らない表記もあると思います。そのへんはもろもろお許しを。

****



題: メン・イン・キャット (原題: MIC )
ジャンル: 魔法のランプ
主人公: トム
主人公が倒すべき敵: 裏切り社員

インサイティング・インシデントとキイ・インシデントを探そうと思い、つい先ほど鑑賞しました。
メン・イン・ブラックの監督作品だと、今ウィキで知りました。
今回はビート仕分けではなく、インシデントと、ほか重要プロットポイントのみメモしておきます。

ついでに貼っておこう。
映画「メン・イン・キャット」公式サイト

****

◆インサイティング・インシデント
(観客の心をつかむ、いわゆるつかみの事件。また、物語のきっかけとなる事件でもある)
…娘の誕生日が迫り、プレゼントは何がいいかとたずねると、「猫がいい」と答える娘。主人公は猫を買わなくてはならなくなる。
 ↑これが物語が進むきっかけの出来事ではないかと思ったのですが、どうでしょう。

◆キイ・インシデント
(物語が進む方向性を定める、核となる事件。セントラルクエスチョンにつながる。主人公の欲求・目的を変える事件。第1TPでもある)
…猫と主人公の体が入れ替わる事件。
 ↑これは間違いないんじゃないかと自信高めの判断ですが、どうでしょう。

◆セントラルクエスチョン
(果たして主人公は〇〇できるのか?)
…果たして主人公は人間に戻ることができるのか?

◆おたのしみの開始状態
…主人公は猫の体の中に入り、娘のペットとして生活することになるが、猫は主人公の体の中に入ったまま昏睡状態。
 体が死ぬ前にもとに戻らなければ、一生猫のまま。

◆ミッドポイント
…主人公(猫状態)が、父の昏睡状態を悲しむ娘を励ますため、風船バレーボールで戯れるシーン。二人は楽しいひと時を過ごす。

◆全部ダメになる
…裏切り社員の企てにより、会社が売り飛ばされてしまう。
(しまいそうになる、だっけ? 忘れた。なんかもう打つ手なしだったのは覚えてる)
 さらに主人公の体のほうも助からない見込みとなり、延命装置が外されそうな事態に。

◆心の暗闇
…会社を守れなかった息子が自暴自棄に。
 延命装置がそろそろ外されそうな父の病室で、おれはダメな息子だ…と泣く。
 自殺をほのめかして病室を去る息子。
 主人公はその場にいるが、猫なので止められない。
 息子を追いかける主人公(猫)。

◆第2TP
…娘だけが「この猫はパパだ」と気づいており、それを証明するチャンスが巡ってくる。
 「さぁパパ証明して!」と娘。
 だがそんなことをしていたら、息子が自殺しに行ってしまう。
 ここで、選択を迫られる主人公。
 人間であることを証明して体を延命し続けてもらうか。
 その機会を捨て、息子を追いかけ自殺を阻止するか。
 後者を選ぶ主人公。






(潮)映画「ファインディング・ニモ」のビート-3

ファインディング・ニモ
09 /25 2017
※映画のネタバレしてます。
※この記事にあるジャンルやビートは、私が「save the cat」という脚本術の本を参考に分けたものです。断定的に書いてはいますが、練習ですので間違っている可能性が十分にあります。ご了承ください。
※ジャンルやビートの説明については、このブログでは特にいたしません。ご自身でご確認ください。
※ジャンル分け記事同様、ビート分け記事も個人的なメモ要素が高いので、意訳になっていたり、映画を見ていないと解らない表記もあると思います。そのへんはもろもろお許しを。
※◇がビートです


*****


◇ミッドポイント(絶好調)
 @確かこの辺でシドニーに到着する二人
 @この街にニモがいるはずだ! わーい!



 @どの辺りだったか忘れたけど、この辺だったかな、マーリンがニモ探しの旅をしてシドニーに向かっていることがニモの耳に入る
 @臆病者だと思っていた父が、サメをやっつけたり、クラゲをやっつけたりしながら勇者のような旅をしていると知るニモ


◇迫りくる敵
 @いよいよダーラにプレゼントされるのが明日に迫り、悲観していたニモだが、父の噂に勇気をもらい、もう一度脱出を試みることに
 @ニモが恐怖を克服して作戦は今度こそ成功、明日には脱出のチャンスがやってくるはず



★道端ノリンゴその6→カモメとペリカン
(メッセージ……人の言うことに耳を貸せ、そして信じろ)
 @その頃マーリンとドリー、カモメの大群に食べられそうになっている
 @ニモの知り合いであるペリカンが助けに入るも、今度はペリカンに食べられるのではとパニックになるマーリン
 @ペリカンの助言を聞く耳持たないマーリン
 @ペリカンが本当にニモの知り合いだと解り、二人はピンチを脱する
 @ペリカンに、ニモの元へ連れて行ってもらうことに



 @歯医者にダーラが登場。ニモは手はず通り、脱出の準備完了


◇全部ダメになる
 @予想していたことと状況が変わり、機転を利かせたニモが死んだふりをする
 @しかし死んだふりが裏目に出て、脱出不可能な状況に追い込まれる
 @そこへ、ペリカンに連れられたマーリンとドリーが到着
 @ニモの姿を見たマーリン、ニモは死んでしまったのだと思い込む
 @マーリンがニモの生死を確認できないまま、歯医者によってペリカンが追い払われる



 @ギルの機転により、なんとか下水溝に脱出できたニモ
 @下水は海へとつながっている、海へ出れば父に会える


◇心の暗闇
 @一方、海ではペリカンもニモは死んだと思い込んでおり、マーリンとドリーは海へ放される
 @海に戻ったマーリンはニモの死に落ち込み、希望をなくす
 @もうニモ探しは終わり。マーリンはドリーに別れを切り出す
 @だがドリーはマーリンと別れたくない
 @「あなたといると、なぜか記憶力が良くなるの」と告白するドリー
 @しかしマーリンは、そんなドリーを置いて去って行ってしまう
 @マーリンを失い、ここがどこなのか、どこへ行くべきなのかなど、何も思い出せなくなるドリー



 @記憶を失い、おどおどしているドリーの元へ、脱出成功したニモが接近
 @ニモの体の模様でマーリンを思い出し、ニモ探ししていたことも思い出すドリー
 @ニモを連れ、マーリンを追いかけるドリー
 @振り返ると、生きているニモの姿が見え、驚愕するマーリン


◇3幕への侵入・選択
 @だが、親子が再会した途端、周囲を泳いでいた魚群(マグロかなんか)ごと、底引き網にさらわれてしまうドリーとニモ
 @ニモは体が小さいので網の目から逃げられるが、ドリーはそうはいかない
 @網の中でマグロたちは大パニック。このままでは船に引き上げられてしまう
 @ぐいぐい上がっていく網



 @ニモは歯医者の水槽の中で得た知識で、マグロたちを助けようとする

ドリー「きゃー、どうなってるの! たすけてー!」
ニモ「みんな、下に向かって泳ぐんだ! そうすれば逃げられるから!」
マーリン「もうだめだ、助からない! にげよう、ニモ!」
ニモ「僕、できるよ!」
マーリン「ニモ!」
ニモ「できるから!」

 @そう振り向いたニモの目はなんだか成長していて、肝試ししてるわけでも無鉄砲なわけでもない
 @マーリンは葛藤の末、ニモの言葉を信じる選択をする
 @ニモを信じ、ニモに任せるマーリン


◆第3幕

◇フィナーレ開始
 @「下に泳げ」という指示を、ニモはマグロたちに叫んで回る
 @マーリンもドリーもニモに従い、マグロたちに「下に泳げ」と伝える
 @パニックだったマグロたちだが、指示が届き始め、みな下に泳ぎ出す
 @マグロたちがいっせいに下に泳ぐと、船は傾き、網は破れ、見事魚たちは脱出に成功
 @船の上では人間たちが、何が起こったのだと驚いている
 @マグロたちもドリーも助かり、親子も再会を果たし、大団円


◇FINイメージ
 @日常生活に戻ったマーリンとニモ
 @マーリンは以前のような臆病者ではなくなっている 
 @サメ3匹もサンゴ礁の仲間になっている
 @ドリーはどうなったっけ? 忘れちゃった。アッハハ!


おしまい



****

【感想】
第3幕が物凄いスピード感で終わっていく。めっちゃ短い。
それほどに、道端ノリンゴに時間が割かれていると思う。



(潮)映画「ファインディング・ニモ」のビート-2

ファインディング・ニモ
09 /24 2017
※映画のネタバレしてます。
※この記事にあるジャンルやビートは、私が「save the cat」という脚本術の本を参考に分けたものです。断定的に書いてはいますが、練習ですので間違っている可能性が十分にあります。ご了承ください。
※ジャンルやビートの説明については、このブログでは特にいたしません。ご自身でご確認ください。
※ジャンル分け記事同様、ビート分け記事も個人的なメモ要素が高いので、意訳になっていたり、映画を見ていないと解らない表記もあると思います。そのへんはもろもろお許しを。
※◇がビートです


*****

で、ここからが、シーン順番の記憶が定かでないです。
Bストーリーはニモ側の話。
マーリンのAストーリーと、ニモのBストーリーが交互に展開されていたと思います。
が、順番が分からないので、適当にまとめちゃいますぜ。

*****

◆第2幕

◇Bストーリー開始
 @人間に捕まったニモは、シドニーにある歯医者さんの水槽へ放される
 @そこには数匹の熱帯魚が先住している
 @うち一匹はニモと同じく、海から捕獲されてきたワイルドなやつ。名をギル。水槽からの脱走をいつも企てている



 @歯医者にはダーラという姪っ子がいるが、ひどい乱暴キャラ
 @ニモは、ダーラの誕生日プレゼントとして贈られることが決定している
 @しかし、以前プレゼントとして贈られた魚は、ダーラの乱暴な扱いで死んでしまった
 @ダーラの手に渡ったら最後、ニモも死んでしまう。その前に脱出しなければならない



 @ギルの作戦に従って危険な脱出方法を試みるニモだが、失敗
 @死にそうな目にあったため、恐怖心というものを覚える


◇お楽しみ開始
※)このビートでは、マーリンとドリーは、色んな魚に道を尋ねながらシドニーへと進んでいきます。
シドニーへの道は説明省略し、道端のリンゴがどんなメッセージだったのかだけを書いていきます。

★道端のリンゴその2→アジの群れ
(メッセージ……もっと余裕を持てよ)
 @道を教えてくれるアジたちだが、ノリが面白半分なので、マーリンが立腹
 @そんな余裕のないマーリンを、おちょくるアジたち
 @先を急ぐマーリンは憤慨。アジたちの話を最後まで聞かず、進んでいってしまう
 @だがドリーはアジたちと意気投合、仲良くなる
 @先を急がないドリーだけが、アジからの道中の注意事項を聞かされることに
 @しかしドリーは健忘症、注意事項をすっかり忘れてしまう



★道端のリンゴその3→クラゲの大群
(メッセージ……ドリーの言うことを信じろ)
 @アジたちに注意された場所に到着
 @注意事項を忘れているドリーだが、「なんとなくこっち行っちゃいけない気がする」と言う
 @しかしマーリンはドリーの言うことなど信用していないため、行っちゃいけない方へ
 @注意事項を守らなかったため、二人はクラゲの大群に巻き込まれることに
 @クラゲの毒からなんとか逃げ切る二人だが、最後の最後で毒にやられ、ドリーは気絶してしまう
 @自分がドリーの話を聞かなかったせいでこうなったのだ、と思ったらしいマーリン



★道端のリンゴその4→ウミガメ
(メッセージ……リラックスして子供を信じるんだ)
 @なんでだか忘れたけど、気絶したマーリン
 @マーリンが目を覚ますと、ウミガメの背中に乗っている。ドリーも、隣のウミガメの背中に横たわっている
 @ドリーを心配して駆け寄るマーリン。だがドリーは目を閉じていただけ
 @マーリンの心配をよそに、子ガメたちと遊びまわるドリー。とりあえずドリーが無事で、一安心のマーリン
 @ウミガメたちは高速道路のような、海流の中を泳いでいる
 @海流の中だけはものすごいスピード。海流から出てしまうと置いていかれてしまうほど
 @なのに親ウミガメは、遊びの延長で、子ガメを海流の外へ放り出す。キケンな遊びに大興奮の子ガメ
 @それを見たマーリン、卒倒。「なんて危ないことを!」
 @ウミガメの子育て方針はのびのびとしていて、基本的に子供たちの力を信じているものだった
 @この辺りだったか忘れたけど、多分この辺で、ドリーがこんなことを言う。「マーリンのやり方じゃ、子供はなんにも体験できないわね」



★道端のリンゴその5→クジラ
(メッセージ……恐怖心に負けず、信じるんだ)
 @道中、クジラに飲み込まれてしまうマーリンとドリー。これまたドリーのせい
 @まだ口の中にいるものの、飲まれてしまえばここで死んでしまうと悲観的なマーリン
 @まったく気にしてないドリー
 @クジラの口の中で大騒ぎしていると、何やら声をかけてくるクジラ
 @ドリーは「アタシ、クジラ語分かるかも! なんとなくだけど!」と豪語し、クジラが喉の奥へ飲み込まれるよう促していると言い出す
 @クジラ語の分からないマーリンは、ドリーの言うことも、クジラの事も信じられない
 @そうこうするうち、二人を飲み込もうとし始めるクジラ
 @飲み込まれるわけにはいかないマーリンは必死で抵抗するが、ドリーは先に喉の奥へ飛び込んでいってしまう
 @ドリーの言い分を信じるのは非常に怖い。だが、クラゲの時に失敗したことを思い出し、意を決して喉の奥へと飛び込むマーリン
 @二人はクジラの鼻から吹き上げられ、脱出に成功する





つづく







(潮)映画「ファインディング・ニモ」のビート-1

ファインディング・ニモ
09 /23 2017
※映画のネタバレしてます。
※この記事にあるジャンルやビートは、私が「save the cat」という脚本術の本を参考に分けたものです。断定的に書いてはいますが、練習ですので間違っている可能性が十分にあります。ご了承ください。
※ジャンルやビートの説明については、このブログでは特にいたしません。ご自身でご確認ください。
※ジャンル分け記事同様、ビート分け記事も個人的なメモ要素が高いので、意訳になっていたり、映画を見ていないと解らない表記もあると思います。そのへんはもろもろお許しを。
※◇がビートです


*****





題: ファインディング・ニモ (原題: Finding Nemo )
ジャンル: 金の羊毛(相棒羊毛)
主人公: マーリン
主人公が倒すべき敵: 魚を捕まえる人間

映画観たんですけど録画したの消しちゃったので、記憶とメモとウキペデを頼りに書きます。
細かいところは書けませんゆえ、駆け足で行くぜ。


*****


◆第1幕

◇OPイメージ
 @マーリンとその嫁さんが、大量の卵を産みつける。幸せ絶頂
 @だが大きな魚がやってきて、嫁さんと卵を食べられてしまう
 @気絶していたマーリンが目を覚ますと、残されていたのはたったひとつの卵だけ
 @その卵をニモと名づけ、大切に育てるマーリン
 @この子だけはもう絶対危ない目には合わせない、と心に誓うマーリン


◇セットアップ
 @人間でいえば小学1年生くらいに成長したニモ
 @毎日、ニモの心配をしまくってきたマーリン
 @クマノミだからというだけでなく、嫁と子供に先立たれたせいで、「臆病すぎるほどの心配性」という欠点があるマーリン
 @初めて学校に行く日も、マーリンはニモの安全を心配しすぎる
 @軽く息子にうざがられるマーリン


◇テーマの提示
 @忘れちゃったけど、恐らくはこの辺でテーマの提示があったと思われる
 @ニモが「もーパパうるさいな、僕は大丈夫だよ! もっと信頼してよ!」みたいなこと言って、マーリンが「ダメだ、お前はまだ子供だ、それにお前の前ヒレは片方が小さいんだ! 安全に気をつけなきゃならないんだ!」みたいなこと言ったような気がする
 @このやり取りがテーマの提示だったんじゃないかなーと思う
 @もし違ったら許されたい


◇セットアップ続き
 @なんとか無事に学校へ連れてくるが、ニモたち生徒はさっさと遠足に行ってしまう
 @向かった先は安全なサンゴ礁が終わる場所、端っこ、崖、つまり危険な場所
 @「初日だというのになんてことだ!」と取り乱したマーリン、慌てて追いかける



 @崖っぷちについた生徒たちは、度胸試しのようなことをしている
 @崖より先の頭上には、人間の乗るボートが一艘浮かんでいる
 @あのボートの底を触りに行けるか? 行けないよー



 @そこへ追いついたマーリン。遠足に連れ出した先生に猛抗議
 @マーリン「こんな危ない所へ来るなんて! ウチの子は連れ帰らせていただきます!」とかなんとか
 @そんな臆病者の父親に、反発心が高まる息子ニモ
 @そんなに心配されなくても自分は大丈夫、ということを示そうとしてか、サンゴ礁の外に出てボートの底へタッチしちゃうニモ
 @「ギャー! なんて危ないことを!! はやくこっちに戻ってきなさい!」と大慌てのマーリン



 @無事にサンゴ礁まで戻ってきたニモ……と思いきや、父の元に着く寸前で、人間のダイバーに捕獲されてしまう
 @ダイバーはそのままボートに乗り込み、ニモを連れたまま出発
 @「ヒィー! ニモー!」とこの世の終わり状態のマーリン
 @ボートを追いかけるしかないマーリン、サンゴ礁の外へと飛び出す



 @サンゴ礁の外で、ボートを見たというドリーと出会うマーリン
 @「こっちへ行ったわ!」とマーリンをボートの向かった方面へ案内するが、すぐに「あんた誰?」とドリー
 @唯一の目撃者と思われるドリーが重度の健忘症と判明
 @健忘症ゆえか、ドリーは臆病さを持たない。恐怖心が欠けている

※)この作品、多分、両手打ちというやつなので、マーリンがドリーによって欠点を克服するだけでなく、ドリーもマーリンによって健忘症という欠点を克服します



★道端のリンゴその1
(メッセージ……肉食魚だから怖がるっていうのは間違ってる。仲良くしようと思えばできるんじゃないの?)
 @ドリーの健忘具合に翻弄されているうちに、サメに遭遇してしまう
 @食べられちゃうかと思いきや、マーリンとドリーはサメに連れられ、サメたちの会合に参加させられる
 @集まったサメ3匹は、魚を食べないことを誓い、他の魚と仲良くなろう、友達になろう、と頑張っている
 @マーリンは恐怖でいっぱいになるが、ドリーはあっけらかん。サメと友達になる
 @しかし空腹絶頂のサメは血の匂いに我を忘れ、マーリンとドリーを襲ってしまう

※)相棒羊毛なので、相棒であるドリーとはこの先も性格が合わず反発しあっていく。
そしてマーリンはドリーを見習わなければならないので、この先もドリーのやり方が正しいという道端のリンゴ(メッセージ)が続く


◇きっかけ
 @なんだか覚えてないけど、多分この辺でダイバーが落とした水中眼鏡を発見したような
 @サメに追われつつも、唯一の手掛かりである水中眼鏡をマーリンがゲットしたような
 @命からがら(と思ってるのはマーリンだけだけど)、サメから逃げきる二人


◇きっかけに対する賛成と反対
 @無鉄砲なドリーのせいで、サメから逃げた後も危ない目にあうマーリン
 @ドリーとはもう関わりたくない、ここに捨てていこう、と思うマーリン
 @だが、ドリーが英語が読めることが発覚


◇2幕への侵入・選択
 @水中眼鏡にはダイバーの住所が英語で書かれていたため、マーリンはドリーをニモ探しの旅へ連れていくことにする
 @ドリーは健忘症なのに、なぜかこの住所だけは覚えることができた



つづく





(潮)映画「チャーリーとチョコレート工場」のビート-おまけ

チャーリーとチョコレート工場
05 /10 2017
今回、胃腸炎やってて暇だったので、原作も読みました。
映画の再現度としては、ウォンカ絡みのストーリー以外は、かなり原作に忠実かと思います。
原作へのリスペクトを感じます。

ちなみに私が読んだのはこちら。



妹もこの話が好きですが、
多分彼女が子供の頃に読んで興奮したというのは、こちらじゃないかな。



二冊の違いのひとつに、登場人物の名前が違うというのがあります。
妹が読んだ昔ながらのほうは、多分、英語をそのままカタカナにした名前。
私が読んだ新訳のほうは、英語が持つ意味合いを大事にして、訳者が日本人向けにつけなおした名前。

オーガスタス・グループ……オーガスタス・ブクブトリー。
ベルーカ・ソルト……イボダラーケ・ショッパー。
バイオレット・ボーレガード……バイオレット・アゴストロング。
マイク・ティーヴィー……マイク・テレヴィスキー。

こんな感じです。

でもアマゾンなどのレビューを読むと、どうせ読むなら妹が好きな旧訳のほうがオススメらしいですよ。
ずっと前に妹から、「チャーリーがチョコレートの包み紙を開けるときの、カサカサ音がたまらないんだよ」という話を聞いていたのですが、私が読んだほうにはそんな感動はなく。
はじめは、私が大人になってから読んだから面白くなかったのかなと思いました。
でも他の方の感想を見ると、そうじゃないみたいですね。
日本語訳の雰囲気がかなり違うみたいです。
あと、挿絵も旧訳のほうがいいらしく。
とにかく旧訳のほうが、断然面白いらしい。
私も、機会があったら旧訳も読んでみようかなと思いました。

あと、新訳で一か所ウーンと思ったのは、あとがきで旧訳の批判をしてたところ。
自分は登場人物名の和訳に力を入れたということが書かれてるんですが、旧訳はそれをしなかったとして、それでは作品の面白さが伝わらない、そもそも訳者は名前の持つ意味に気づいていたのか、みたいなことが書かれてました。
新訳として力を入れるのはいいけど、旧訳の批判は書かないで欲しかったなー。と思いました。
一応は児童書だろうし…ねぇ。

でも私は、名前を日本人向けに付け直したのは、良かったと思いましたよ。
作品の雰囲気や面白さが味わえるし、映画で出てきた、名前絡みの嫌味とかもわかりましたしね。

どっちにしても、作品自体はいい作品です。
名作です。
子供に読み聞かせすれば、名作かどうかがすぐに分かります。
なんかもう、食いつきが違うんだもの。






ぐろわ姉妹

実の姉妹が小説を共同制作しています

ぐろわ姉妹
潮八(姉):発動する人
斑丸(妹):調整する人