ビート以外 - さかえのよ
FC2ブログ

(潮)道端のリンゴについて

ビート以外
04 /12 2018
「道端のリンゴ」とはなんなのか、今までの認識が間違ってたんじゃないかと思い、この記事を書きます。

私は今まで、主人公が旅の途中に遭遇する障害、主人公が知るべき教えを含んだ障害も含めて、行く手を阻む障害すべてが「道端のリンゴ」だと思ってました。
主人公が足止めされる障害、そのすべて。
ファインディングニモでいうなら、3匹のサメや、イワシの群れや、カメ、クジラ、クラゲ、などなど。
勘違いしてたと思います。

本にはこう書いてあります。

「道端のリンゴ」とは
チームが報酬を得るのを妨げるもの。
勝利が見えてきたところでプランの進行を阻止するもの。
後退や、不意の裏切り、チームの面々が絶対に勝利を収められないとあきらめるような新情報など。


つまり、ファインディングニモでいうなら、これなんじゃないかと。

報酬…ニモと家に帰ること
道端のリンゴ…ドリーが網につかまってしまう

主人公にとっての報酬(勝利)が得られると思ったところで、道にリンゴがゴロゴロゴロー!
わー、なんだこりゃー!
押し戻されるー! 進めなーい!
どうしたらいいんだ、もうだめだー!

ニモとやっと帰れると思ったのに、漁師に捕獲--!!
わー、なんだこりゃー!
これじゃ家に帰れなーい!
どうしたらいいんだ、もうだめだー!

どや?


(潮)キャラの感情、読者の感情

ビート以外
07 /19 2017


この本に書いてあった。
キャラの感情と、読者の感情は別物だって。

喜劇のキャラが困っていたとしても、それを見て観客は笑う。
スリラーのキャラがのほほんとしてたとしても、彼に脅威が迫っていることを知っている観客はハラハラする。

言われてみれば、確かにほんとにそうだ。
そしてこうも書いてある。

感情は大事だということを理解していない脚本家は、キャラの感情に重点を置きすぎる。
キャラを泣かせれば、観客も泣くだろうと思ってしまう。

ははは!
私のことか!

よく、観客が主人公に感情移入できるように作るべきと言われてたりするけど、この本を読んでいると私はそれを勘違いしていたように思うんだ。
自分が映画を観ている時のことを振り返ってみると、別に主人公に感情移入はしていないから。
私が映画鑑賞中にしているのは、移入じゃなくて、理解、が近いかもしれない。
この主人公は、こう思って、こう思って、こうなったからこう変化したんだなー。
その流れが理解できた時、泣ける。
その変化を選んだ「心・決心」に泣ける。
いや泣けない時もあるけど、泣けるときもある。
そのへんは、変化のタイプが好みかどうかだろう。
登場人物が一滴も泣かないのに、こっちは号泣っていうこと、たくさんあったし。
あっちとこっちの感情は別物で当然なんだってこと、肌身で感じている今日この頃。

多分、私の勘違いはこういう事だ。

×「観客が主人公に感情移入できるように作るべき」
  ↓
〇「観客が感情を理解できる主人公に仕立てるべき」

上手く説明するのが面倒なんで省くけど、「主人公に感情移入できるように」という部分を、言葉のアヤでというか、アクセントの違いでというか、とにかく私が解釈を間違えた感がすごい。
自分的に分かりやすい言葉に置き換えると、「感情移入」じゃなくて、「感情理解」が妥当。
「移入してもらうことが大事なんじゃなくて、理解してもらうことが大事なんだろう」と、今のところ解釈している。

理解。
理解。
理解しやすい問題を抱えている主人公とか、理解しやすい変化の仕方をする主人公とか。
そういうことみたいだ。

まぁ何はともあれ、
キャラたちが泣きゃいいってもんじゃない!
ということを胸に刻んでおこう。

キャラの感情≠読者の感情

(潮)物語の始め方

ビート以外
05 /27 2017
先日紹介した脚本術の本。
繰り返し読んでは、自分の作品と照らし合わせたりしています。
やっぱりとっても役に立つ本です。

私は物語の始め方がすごく苦手で、どんなシーンから始めようかいつも悩んでました。
「つかみが大事、ここでつかめなきゃ終わり」と思うから、余計に苦手で。
今まで書いた作品中、うまくできたなぁと思える始め方は正直、ない。
もちろん、その時点での全力は尽くしたけど。

この本の中では、物語の始め方(つかみ)が種類分けされてまして。
あー、自分の作品もこうすればよかったんだ、って思うところたくさん。
確かにこうした方が早いし、どんな話なんだろうって興味が湧くじゃないかって。
冒頭だけでも書き直したい衝動に駆られまくり。

中でも、ナイチンゲールは「本立て式回想」という形のオープニングにしたほうが、断然かっこよかったんじゃないかなぁって思ってます。
これは、物語の最初と最後だけが現在で、その間に語られるのは過去を回想した物語、という形のものだそうです。
ナイチンゲールでは物語の最後に、大人になったハンクがフローレンスの家を訪れます。
そのお宅訪問の様子から、冒頭を書き始めてればもっと良くなってたんだなぁって、勉強になりました。

あぁ、書き直してみたい。
でも今やったら絶対にとっちらかる。
まだダメ、やっちゃダメ。






ぐろわ姉妹

実の姉妹が小説を共同制作しています

ぐろわ姉妹
潮八(姉):発動する人
斑丸(妹):調整する人