2014年08月 - さかえのよ

(潮)おケツが好きなんだと思う

「葛飾、最後のピース」日記
08 /21 2014
起承転結の結の部分を書いてるが、どうも長くなりそうな予感。
気のせいだろうか。

やってて分かった。
たぶん、私が一番書きたいのが結の部分なんだろうな。
ここのために面倒な「起承転」を組んできたんだろうな。
書きたい部分だから長くなるんだろう。
別に誰に怒られるわけでもないから、好きなだけ長く書くよ。
で、きっとあとで自分で読み返してみて、長いよ!と自分つっこみして減らすんだろう。

近頃、よく思う。
なんで書いてるのかなぁって。
なんでなのかよくわかんない。
すごい楽しいわけじゃないから、趣味っていう感じでもない。
でもはたから見たら、きっと趣味。
そんなに大変でもないから、修行っていう感じでもない。
小説家になる気もないから、仕事っていう感じでもない。
なんなんだろう。
ただただ不思議なんだ。なんで続けてんだろうって。

でも続けようって気持ちだけはある。

続けなきゃならないっていう、義務感とは違う。
続けなきゃ自己実現できないのではというような、焦りもない。
そういうのは、正直、以前はあった。
でも今はなさそうに思う。
だって心の中が妙に静かなんだ。

自分は小説を書くのが好きだ!とは全然思わない。
向いてるようにも思わない。
でも苦じゃない。
大興奮するほど楽しいわけじゃないけど、やっててつまらなくはない。
三度の飯より好きなわけじゃないのに、実際は三度の飯を食べなくても書ける。
意味が分からない。
続けるメリットがよくわからないのに、やめる気もない。

そういう状態なのが不思議なんだけど、やめないで続けてる自分は好き。

小さいころから親に、「好きなことを仕事にしなさい」というようなことを言われていた。
でも「好きなこと」がよくわからなかった。
得意なことは色々あってやってて楽しいと感じるのに、それが誰かを犠牲にできるほど好きかといわれると、そんな重大でもなかった。
たとえば、親の反対を押し切ってでも続けたいものがあるか?
なかった。

私は人から望まれて就く仕事をしたかった。
自分が選ぶのではなく。

だから一応は進路に差し掛かった時。
自分が選んだ職を親が実は快く思っていない。それに気づいてしまい、目指すのをやめた。
だって好きだから目指してたというわけじゃないから。
それに就くことを望まれてると思っていただけだから。
親だけじゃない。
周囲の人間の誰一人、望んでる人はいなかった。むしろ心のどこかで反対していただろうとすら思う。
と、私は受け取っていた。実際は知らないが。

そういった反対意識に対し、いまは怒ってるわけでも恨んでるわけでもない。
前はそういう気持ちもあったけど、何年もかかって責任転嫁だと認めたためか、いつの間にかどこかへ消えた。

生家が何かの生業をしていて、それを継ぐことを望まれる環境にあればよかったのに、とずいぶん思ったことがある。
そしたら何も悩む必要はない。
生まれてきた意味を考える必要もない。
継ぐことをはじめから望まれているなら、そのために生まれたのだろうから、なにも迷うことはなかったのにと。

と、ここまで書いて、もうこの辺でいいやという気になってきた。
結局、何が言いたかったのかというと。

人から望まれていないという理由だけで、そこそこ楽しかったことを続けなかったという過去があり、割とそれを「ばかばかしいことしたなぁ」と思っているので、いま小説という活動を、人から望まれていなくともそこそこ楽しめているという状態で続けている自分に成長を感じている次第でございます。
ということでした。

続けてる理由は、つまりこれなのかな。
今後も続けられそうなことを自分の意志で続けてる自分が好き。

(潮)どうして足の小指を連続してぶつけるのか

「葛飾、最後のピース」日記
08 /19 2014
足の小指を強打して色がどす黒くなっているドアホウです。
しかも一週間おきに三回ほど同じ場所を強打し、なんかもう「お前なんかいらない!」って気持ちになってます。
ちょっと腫れ上がって形がおかしいけど、折れてはないと信じてバンテリンを塗りたくる今日この頃。

*****

さて。妹向けに作ってるシナリオ。
これまでに何度となくつまづいていた箇所(起承転結の転)はやっとこさ通り抜け、今は結の部分に向け進めていっているところです。
夏休みのお話なのに夏休みもそろそろ終わるなぁと生温い心境ですが、コツコツとしつこく続ければ何事もいずれは終わりに近づくものなんだなぁとも思っています。

今日はそれだけ。
おやすみなさい。




ぐろわ姉妹

実の姉妹が小説を共同制作しています

ぐろわ姉妹
潮八(姉):発動する人
斑丸(妹):調整する人