2017年03月 - さかえのよ

(潮)次に仕分けたい映画は

雑感
03 /25 2017
世間が春休みに入ったので、ペースダウン中です。
次に記事にしようと思って今見ている映画は、サウンドオブミュージック。
でも歌のところにくると何度も繰り返して楽しんじゃって、なかなか進んでいません。
*\(^o^)/*ドーはドーナツーのドウー!!

ほんでこないだズートピアが録画できたんで、そっちを近いうちに見てみようかなと思ってます。
見る前から予想すると、ジャンルは相棒愛かなーと。
公式ポスターとか、ツイッターでキャーキャー楽しんでた方々のイラストなんかからの予想ですが。
この映画の宣伝CMって見たことない気がします。
私が得た乏しい前情報では、

メスうさぎが警官で、オスのキツネ?コヨーテ?が詐欺師かなんか。
弱肉強食な関係の二人が、もめながらも事件を追いつつ、いちゃいちゃする話。

そんな映画だという印象でございます。
私が勝手にこうして持った印象は、相棒愛のお楽しみビートで繰り広げられるもので、観客が相棒愛ではそんなのが見たいなーと楽しみにしてくるシーンたちだそうです。

こういう印象(相棒愛だろう)を持って見始めたのに実際は謎解きに終始されたりすると、この映画はなぜやったのかジャンルだったのか!ということで、そこで期待を裏切られることになるんだろうなぁ。

裏切るならいい意味で裏切りたいぜよ。
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(潮)ジャンルが間違ってたかな

「私のあなた、あなたの渡し」日記
03 /16 2017
今年に入って映画数本のビート仕分けしてきたけど、ここらでいっちょ、自作品に目を向けてみることにしました。
私が脚本術の本を購入したのは、去年の2月頃だったようで。
ちょうど一年くらい経ってみて、これまでに書いてきた「私のあなた、あなたの渡し」の執筆日記を読み返してみたらね、結構なミスをやらかしていることに気づきましたです。

***

まず1つ目のミス。
この記事で私は、タットを主人公にすべく、ジャンルを「金の羊毛」にしてしまってたんですよ。
今なら分かるぞ。
私がこの作品で書きたいのは、どうやら「人生の岐路」だと。
その後の記事でもテーマを探っているときに、「生死を操る」とか「仇討ち」とか「容赦」って単語が出てきている。
これって、人生の岐路ジャンルが扱う、「人生における問題」に関連してると思うんです。
だって結局、金の羊毛ジャンルでプロットを作り始めたけど、重要な流れは人生の岐路ジャンルになっちゃってるし。
どうしてもそっち行っちゃうんだから、ジャンルは「人生の岐路」にしたほうがいいわけだよね。

***

そして、2つめのミス。
主人公をタットにしようと頑張ったせいで、私はこんな作業をしてしまってたんだ。

「タットの物語に、カンクの物語をねじ込んでいく」

私がこの作品で書きたい「人生の岐路」要素は、すべてカンクにまつわるものです。
だから本来ならカンクを主人公にして書くべきなのでしょう。
でもそれはしたくなかったんです。
タットの目線から書きたかったから。
だから、これは多分、逆の作業をしなきゃならなかったんだよね。

「カンクの物語に、タットの物語をねじ込んでいく。しかも主人公として。もちろんジャンルは人生の岐路で」

これで作っていけば、現状のものよりももっとまとまった話になるんじゃないかなぁと、推測中です。






(潮)日本式とはやはり違うようだ

雑感
03 /15 2017
今日も脚本術について書きますが、完全に私見です。個人の感想です。
もし脚本術を学んでいる方がこの記事にたどり着いてお読みになるとしたら、以下の内容はあまり本気で受け止めないでください。
これは個人の感想であり、間違っている可能性があります。
しかも save the cat の前提でしか、ものを言っていません。




save the cat にそって脚本術を独学してますが。
ハリウッド式を学ぶにつれ、日本式とはやはり別物なんだろうなということが、薄々分かり始めました。
例えばジャンル。
save the cat では10ジャンルに分類されています。

1 家の中のモンスター
2 金の羊毛
3 魔法のランプ
4 難題に直面した凡人
5 人生の岐路
6 相棒愛
7 なぜやったのか
8 おバカさんの勝利
9 組織の中で
10 スーパーヒーロー

ディズニーアニメ見てたりすると、だいたいは、どのジャンルの映画か判断できるようになりました。
けど。
じゃあ邦画を分類してみようか、ってなって。
「となりのトトロ」はどのジャンル?ってなっても。
判断できないのです(^^;

トトロは確かに映画だけど、内容的には絵本のような、昔話のような展開。
save the cat の言うような、10ジャンルには当てはまりません。
save the cat の言うような、ジャンルごとの定番展開にも当てはまりません。

もしトトロをハリウッド式で作り直すとしたら、ハリウッドの脚本家は苦心の末、恐らくは「魔法のランプ」というジャンルに分類して書き始めようとするでしょう。
トトロというのは、言わば「ランプの精」みたいな存在。
こんなことができたらいいな、を叶えてくれる存在。
そんなトトロと出会ったサツキとメイ。
このあたりが「魔法のランプ」に分類できると思うんです。
けど「魔法のランプ」になったらなったで、次のような条件に縛られてしまいます。


【魔法のランプの条件】

1:願い
 …主人公が求める願い、あるいは誰かから頼まれる願いであり、普通の状態から脱しなくてはならない必要性があるもの

2:魔力
 …主人公には「願い」を叶えるための「魔力」が与えられるが、それは「唯一の魔力」であり、2つ、3つと都合よくいろいろなものが与えられるわけではない

3:教訓
 …主人公は最終的に、与えられた「魔力」を使わずに生きるほうがいいと学ぶ


この条件、どれをとっても「となりのトトロ」じゃないですよね。
メイは「こうだったらいいのに」という「願い」があって、トトロという「魔力」を得たわけじゃないと思います。
単純に遊んでたら出会ったって感じです。

ギリギリ上記の条件に持っていけるとしたら、「入院中のお母さんに会いに行けたらいいのに」という「願い」をメイやサツキが持っていて、その願いを叶えてくれる「魔力(トトロ)」を第1幕で得る、っていう流れになるのかな、と。
ほんで、第2幕ではトトロの力を使い、自由自在にお母さんに会いに行くようになる。
でもなんらかの失敗があって、第3幕では「やっぱり自分の足で会いに行くのが、お母さんも一番喜ぶことだよね。魔法に頼っちゃいけないね。さよならトトロ」みたいな結論に達することになるんだと思うんです。

まぁ映画としてはアリかもしれないけど、こうなるともはや、トトロにあらずです。
トトロの名を借りた別物です。


*****


なんか、ハリウッドで実写化したドラゴンボールを思い出しますね。
どうして原作通りに作らないかなーって思うけど、ハリウッドにはハリウッドの黄金ルールがあるからそうしないんでしょう。
ハリウッド式の縛りがあるから、日本の漫画をハリウッドで実写化した場合、なんかもう違いが歴然としてしまって、受け入れてもらえない状態になるんじゃないかと推測します。

たとえばこの、実写版ドラゴンボールを例にとると。
実写版はきっと、「スーパーヒーロー」というジャンルでドラゴンボールを書いたんだと思うんです。
脚本家が、孫悟空はスーパーなヒーローだ、と判断したからでしょう。


【スーパーヒーローの条件】

1:特別なパワーがある
 …主人公を、選ばれし者、救済者、凡人以上の存在、などにするための特別なパワー。それが主人公に宿っている。

2:宿敵がいる
 …自分こそが選ばれし者だとして、主人公と対立する存在。主人公を倒そうとしてくる存在。

3:主人公には呪いがある
 …スーパーヒーローであることの代償として、なんらかの弱点がある。主人公はその弱点を克服するか屈服するしかなく、宿敵は弱点をついて攻撃してくる


これだけ見ると、このジャンルで「ドラゴンボール」が描けそうな気がします。
確かにうまくやったら、原作とは違ったとしてももっといいの書けたかもしれない。
ちなみにこの脚本家は、去年だかに「ファンの方々、ヒドイものを作ってごめんなさい。私は金にめがくらみました、熱意もないのに創作するのはよくありませんでした」と謝罪したそうなんですけど、もともとドラゴンボールに疎かったそうなんです。
完全に私の妄想ではありますが、こんな光景が目に浮かびまする。

1はクリア、悟空は凡人以上のパワーを持った存在だから。
2もなんとかクリアしちゃいましょう、ピラフじゃ迫力ないから、ピッコロが悟飯じいちゃんを殺したことにして、宿敵にすればいいんです。
3もなんとかクリアできますよ、大猿に変身して自分を制御できなくなるっていうのは十分な弱点じゃないですか、あ、ちょうどいいから原作から息子悟飯の高校生設定を拝借して、孫悟空を高校生にしちゃいましょうよ、そうすれば非凡な力を隠していじめられっ子として生活しているハンデとか盛り込めるし、いいじゃないですか。

でもさ、でもね!
悟空って、やっぱりスーパーヒーローじゃないんだすよ。
特に原作の序盤あたりは。

悟空とブルマが出会って、ドラゴンボールを探しに行く。
ヤムチャとかウーロンとかと出会ってドラゴンボールを集めて回る、途中で世界征服を企むピラフにドラゴンボールを奪われるけど、最終的にはウーロンのとっさの願いが叶い、ピラフの世界征服は夢に終わる。
実写版ドラゴンボールのストーリーは、この原作序盤ストーリーにそって、なおかつピラフをピッコロにしてアレンジされたものと思います。

しかし私個人の判断では、原作序盤のこのストーリーは、せめて「金の羊毛」ではないかと思います。
スーパーヒーローっていうジャンルは、とかく哀愁が必要なものらしいのですよ。
こんなに人々のために尽力しているのに、破滅から救っているのに、誰にも理解されない、本当の力をみんなに見せてはいけない、秘密の存在でなければならない、そんな哀愁。
そんな哀愁、なかったじゃないですか、原作序盤の孫悟空少年には。

あっけらかんと、ワイワイガヤガヤ。
旅を楽しんで、強い敵にオラわくわくすっぞーって。
ドラゴンボールのファンはきっと、そういうシーンを「おたのしみ」というビートで楽しみにしていたのだろうから、「スーパーヒーロー」ジャンルが持つ「哀愁」的なものは、必要なかったのかなーとか思います。
スーパーヒーローが背負っている苦渋みたいなものを背負っていないのが、孫悟空のカッコイイところでもあると、私個人は思ったりもしていました。

原作の後半とかは、スーパーヒーロージャンルでも行けるようなとこあったなぁとは思いますが、それでも悟空は、そんな時でも、ハリウッド式の示すスーパーヒーローとは何かが違う。
一般人に解ってもらえない、特別な者であるつらさ、とか持ってないもんね。
世界を救わなきゃならないという使命よりも、強い敵と戦いたいという欲求のほうが強かったりして。
強い敵にわくわくすっぞー。
うわーでもゴメン、この星守れないかも。
だって、この一発であの敵は倒せるかもしれないけど、一緒にこの星も壊れちゃうかもなんだ、ゴメン。みたいな。
そこがなんか、カッコイイとこかなーと。思ってたりしました。
悟空はヒーローじゃないんだよな、戦いが好きなだけのサルなんだよな。


*****


長期にわたり連載されていた漫画を引き合いに出しましたが。
そもそもが違うっていうのは理解できます。
長期連載の漫画で表現できるものと、二時間程度の映像で表現できるものは違うはずです。
長編を原作に映画化するのって、大変なんだと思います。
ある程度、別物になってしまうのは仕方ないかなと。

原作が長編でも別物にならないようにするためには、せめて連続ドラマがいいのかなと思うけど、こんなこともありました。

原作漫画に忠実に実写化した連ドラ作品を見たことがあるのですが、それはそれで頂けなかったのです。
セリフも展開も、漫画どおり。
カメラアングルなんかもかなり忠実だった。
キャラもみんな忠実で。
ほんとに漫画をそのまま映像化したものだったと思います。

なのに、見ていて辛かったのです。
なんだろうな、テンポかな?
テンポが「ぐわーー! しっくりこない!」って感じだったのかな。
原作通りなのになんで不満だったのかは、今でもよくわかりません。

漫画と映画、どっちも違ってどっちもいい。
になれば、それが一番いいのかなぁーなんて、今日は思いました。


(潮)映画「チャッピー」を分類してみる

◆脚本術/ジャンル仕分け
03 /14 2017
※この記事にある分類は、私が「save the cat」という脚本術の本を参考に分けたものです。断定的に書いてはいますが、練習ですので間違っている可能性が十分にあります。ご了承ください。
※ネタバレしてます。


***

記事の整理をしていたら、ずいぶん前に書いたジャンル分けの記事が下書き状態で眠っていたのを発見しました。
保存された日付見たら、去年の4月でした。
忘れすぎ。
もったいないので、本日UPします。
(^-^)/

***


◆映画「チャッピー」
ジャンル:スーパーヒーロー



これは、警察用として開発された人型ロボットが、自分の意思を持ったらどうなるかという話です。
通常は、人間警察官のかわりに危険な場所へと進撃し、命令通りに犯人確保などを行うこのロボット。自分の意思はありません。
ですが、何百体といるロボットの中の1体が、開発者の手により実験台として人工知能を搭載されることに。
ただのロボットでなくなったこの1体はチャッピーと名付けられ、アクシデントから警察側ではなく犯罪者側と行動を共にすることになります。

スーパーヒーローは、特別であることを描くジャンルだそうです。
他とは違う能力を持ち、それゆえに周囲からは理解されず、それでも最強の悪漢を倒さなければならない。
そんな感じのストーリー。
最強の悪漢を倒すのはみんなのためになることなのに、それを感謝されるのはかなりあとになってからで、戦いの最中はむしろヒーローのほうがみんなから嫌われているという構図。
少数の仲間はいても、基本切なく、孤独な戦い。

たぶん王道のエンディングとしては、
「悪漢を倒しました、みんながヒーローに感謝します、大団円」
ってな感じなのでしょうが、この映画はちょっと違う方面に流れていったのかなと思います。

最後に悪漢を倒すものの、みんながヒーローに感謝するというシーンへは行かず。
チャッピーが人目を忍び、重症になったり殺されてしまった仲間二人(人間)を、自分と同じ人型ロボットへと生まれ変わらせるという展開になります。
そこでエンドです。
これは人間では開発できなかった技術で、意識(魂)をデータ化することに成功したチャッピーの功績です。
データさえあれば、生前の意識をそのままロボット内に移植可能、永遠に生きられる、となったわけですが、それが今後どういう展開を呼ぶのか解らないまま映画は終わっています。

作品のテーマはきっと、「人間とロボット、どっちが優れているか」といったところだと思うのです。
メタファーも散りばめられているようで、アメリカという名の仲間キャラが悪漢に殺されるとか、悪漢はクリスチャンだとか、チャッピーが自分を開発した人を「創造者」と呼ぶなど、社会的な背景とか宗教的な背景とか解れば、もっと楽しめる作品のようです。

サイモン・バーチに続きまたまた詳しくはないのですが、キリスト教では「罪と赦し」というのは重要なポイントですよね。
赦すとか赦さないとか、他の映画でもキリスト教徒のキャラが言ってるのをよく見かけます。
これが、作中ではかなり重要な描かれ方をしていて。

作中、悪漢クリスチャンは非常にヒドイことをするのですよ。
生きてる人間をね、自分の操る遠隔ロボットで無残に殺すのですよ。
それは、チャッピーが慕っていた仲間なのですよ。
これにチャッピーは猛烈な怒りを感じるのです。
で、遠隔操作していたところまで行って、悪漢本人をぼこぼこにするんです。
でも、チャッピーは彼を殺しはしない。
「赦す」のです。

人間であるこの悪漢は、もっと些細なことも赦せなかったんです。
チャッピーを開発した者の功績をねたみ、そのねたみから命を狙うまでに暴走していきました。
でもチャッピーは悪漢の最大の罪であろう「殺人」すら、「赦す」とした。人間でもないのに。
チャッピーには人間以上の知性がある。
見ている側としては、「どっちが優れてる?」って考えさせられます。
本当に人間って素晴らしいの?って。

チャッピーが最後にロボット化させた仲間は、「創造者」と「ママ」です。
ちなみに「パパ」は死ななかったので、人間のまま生きています。
どうやら、創造者、ママ、パパ、チャッピー、の4人で生きていくつもりらしいです。

宗教的な目で見ると、色々と考えちゃうだろうなっていう作品でした。
問題提起するような作品なのかな。
面白かったです。

※アメリカというキャラの惨殺シーンは、日本版では2秒ほどカットされているようで。
それが重要なシーンだから映画会社はブーイングを受けているようですが、まぁ、カットされていても何が起きたかは想像できます。
私の場合は、想像したシーンはそのままちゃんと当たっていました。
確かに重要なシーンだし、カットするのはもったいない。
できればちゃんと全部見させてほしいし、見ることによってのみ起きる、感情の盛り上がりってもんがあるんだよなとは思う。
私も、カットするなとは思う。
でもそれ以上に思ったのは。
そこをカットされても内容が通じる、何が起きたか解る、そんな作リ方になっているのが素晴らしいと思いました。





(潮)記事タイトル等の修正しました

◆お知らせ・ご挨拶
03 /13 2017
ビート勉強のために、何本か記事を書いてきました。
その記事タイトルを今まで「考察」としていました。
カテゴリ名も「ビート考察」としていました。
ですが先ほど、「考察っていうのも大げさだな、オイ!」と自分ツッコミが入ったので、カテゴリ名は「ビート考察」ではなく、単純に「ビート仕分け」と変更することにしました。
記事タイトルからも「考察」の文字は取りました。

考察って、もっとちゃんとしたものに使うべき言葉だよね!
ヽ(≧∀≦)ノ




(潮)映画「ヒックとドラゴン」のビート-3

ヒックとドラゴン
03 /12 2017
※映画のネタバレしてます。
※この記事にあるジャンルやビートは、私が「save the cat」という脚本術の本を参考に分けたものです。断定的に書いてはいますが、練習ですので間違っている可能性が十分にあります。ご了承ください。
※ジャンルやビートの説明については、このブログでは特にいたしません。ご自身でご確認ください。
※ジャンル分け記事同様、ビート分け記事も個人的なメモ要素が高いので、意訳になっていたり、映画を見ていないと解らない表記もあると思います。そのへんはもろもろお許しを。
※◇がビートです


*****

◆第3幕

◇フィナーレ開始
 @ドラゴンの巣窟がある島へとやってきたバイキングの大軍
 @一方ヒックは、アスティー含めた村の若者たちと、訓練用に捕獲されていたドラゴンに乗りバイキングの後を追いかけることに
 @バイキングたちはドラゴンの巣窟に攻撃開始
 @いつも村を襲ってくる大量のドラゴンたちは逃げ出してしまい、最後に、主である巨大なドラゴンが巣から出てくる
 @主ドラゴンのあまりの巨大さに、大慌てのバイキングたち
 @族長はやっと、自分が愚かだったと認める
 @バイキングの攻撃はまったく効かない主ドラゴン
 @そこへ、ドラゴンに乗った若者たちが助けに入る



 @若者たちVS主ドラゴンの戦いになる
 @若者たちが戦っている間に、ヒックは族長の手助けもあってフューリーと合流
 @フューリーにまたがったヒックに、族長が声をかける

族長「すまなかった、色々と。お前が息子で誇りに思う」



 @主ドラゴンに苦戦する若者たちのもとに、フューリーとヒックが参戦
 @フューリーの大活躍で主ドラゴンの退治に成功
 @しかし、フューリーから落ちてしまい、空中に放り出されるヒック



 @地上では墜落したヒックを探す族長
 @だが見つけられたのはフューリーだけで、その背にヒックはいない
 @ヒックは死んだものと思い、自分のせいだと嘆く族長
 @しかしフューリーがたたんでいた翼を広げると、中から気絶しているヒックが
 @息子を救ってくれたフューリーに感謝する族長、バイキングたち



 @ヒックが目を覚ますと、自宅のベッドの上
 @そばにはフューリーがいる
 @ヒックは左足を失って、義足になっている
 @フューリーの尾ひれは左半分が人工尾ひれなので、お揃いになる一人と一頭


◇FINイメージ
 @ヒックがフューリーの肩を借りながら自宅の外に出ると、村中にドラゴンがあふれている
 @バイキングたちはみな、ドラゴンを相棒として受け入れ、一緒に生活を始めている
 @「バイキングに必要だったのは、ヒックだったのだな」と族長
 @アスティーはヒックにキス、二人ははれて両想いに
 @バイキングは一人に一頭、ドラゴンをペットとして飼うようになる



おしまい



****

【感想】
はじめは「組織の中で」ジャンルと勘違いしてました。
私がその勘違いに気づいたのは、なんと、ヒックの足が義足になったとき。
ホッホー、気づくの遅すぎだぜ。
中盤あたりから、ヒックがしつこいくらい「相棒、相棒」ってフューリーのこと呼んでたじゃんかよ。
「相棒愛」だってばよ!

「相棒愛」とは、一人では不完全な者が、二人一緒になったときに完全体となるお話だそうです。
互いが互いを必要としている話。
ヒックがいないと、空を飛べないフューリー。
フューリーがいないと、バイキングとして認めてもらえなかったヒック。
最後には義足までお揃いになって。
まさに彼らは一心同体ってやつなのでしょう。
(記事ではずっとフューリーで通してきましたが、フューリーはドラゴンの種別名であって、ヒックが相棒につけたペット名はトゥース)

ところで。
ビート仕訳、ディズニー映画率が高くて申し訳ない。
でも子供向けのほうが、今の自分の力量にあってるんです。










(潮)映画「ヒックとドラゴン」のビート-2

ヒックとドラゴン
03 /11 2017
※映画のネタバレしてます。
※この記事にあるジャンルやビートは、私が「save the cat」という脚本術の本を参考に分けたものです。断定的に書いてはいますが、練習ですので間違っている可能性が十分にあります。ご了承ください。
※ジャンルやビートの説明については、このブログでは特にいたしません。ご自身でご確認ください。
※ジャンル分け記事同様、ビート分け記事も個人的なメモ要素が高いので、意訳になっていたり、映画を見ていないと解らない表記もあると思います。そのへんはもろもろお許しを。
※◇がビートです


*****

◆第2幕

◇Bストーリー開始(ヒックとアスティーのラブストーリー)
Bストーリーは一応二人のラブストーリーだが、しばらくの間は恋愛っぽくなく、訓練のシーンと同居する。
ヒックとアスティーの接点が訓練中のみなためと思われる。
フューリーとのシーンがAストーリーで、訓練のシーンがBストーリーって感じ。
ヒックもまた、アスティーに惚れているはずだが、それほど「好かれたい」オーラは出していない。
アスティーよりも、フューリーのほうに気を取られている様子。


◇お楽しみ開始
 @ドラゴン退治の訓練が始まる
 @訓練に参加するのは村の若者たちで、ヒックの好きな女の子、アスティーも一緒
 @この訓練で一番デキの良かった者は褒美として、みんなの前で初のドラゴン退治をさせてもらえる
 @初めての訓練は全員、さんざんな結果

教育係「忘れるな、ドラゴンは常に、常に命を狙ってくる」



ヒック「じゃあどうして、フューリーは僕を殺さなかったんだ?」

 @改めて森の中へやってくるヒック
 @あのまま飛び去って逃げたはずと思っていたのに、大きくくぼんだ土地で困っているフューリーを発見
 @誰も見たことのないフューリーを、スケッチに描きとめるヒック
 @フューリーは尾ひれを片方失ったらしく、空を飛べずに窪地から出られない様子
 @餌も取れず、空腹らしい
 @「かわいそうだ」という表情のヒック



 @村へ戻り、ドラゴン大百科を読むヒック
 @数々のドラゴンの詳細情報が、イラスト付きで載っている
 @だがフューリーのページだけはほぼ白紙
 @「このドラゴンとは戦うな、助かるためには隠れてひたすら祈るのみ」とだけ書かれている



 @一方、族長たちはドラゴンの巣の近くまで船で進軍
 @霧に包まれた山へと入っていく



 @再び訓練のヒック
 @訓練中、フューリーについて教育係に尋ねまくるヒック
 @「フューリーに会って生きて帰ったものはいない」と教育係
 @訓練をおろそかにして足手まといなヒックを、アスティーは「あんたふざけてるの!」と怒る



 @訓練後、また窪地へとやってきたヒック
 @腹を空かせているフューリーに、持ってきた一匹の魚を与える
 @魚は食べたものの、触ろうとしたヒックには冷たい態度で威嚇するフューリー
 @冷たくしても帰ろうとしないヒックに慣れてきたのか、ヒックに興味を持ち始めるフューリー
 @なんだかんだで、ついにフューリーはヒックが触ることを許す
 @だが完全に心許してはおらず、割となついたわりに、まだ冷たい態度は崩さないフューリー



 @村へ帰ったヒックは、若者たちや教育係と一緒に夕飯タイム

教育係「いいか、狙うなら羽か尻尾だ。そうすれば飛べなくなる。飛べないドラゴンは死んだも同然だ」

 @それを聞いたヒック、すぐさま尾ひれの作成を始める



 @翌日、フューリーのもとを訪れ、作成してきた尾ひれを取り付けるヒック
 @すると、なんとか飛ぶことに成功するフューリー
 @だがまだ改良の余地がある人工尾ひれ
 @飛ぶためには尾ひれを操作せねばならず、操作はヒックがしなければならない
 @つまり、自分一人では飛べないフューリー



 @再び訓練
 @毎日、違う種類のドラゴンを相手に訓練する若者たち
 @みんなこの日の訓練には苦労し、ドラゴンを倒せない
 @ヒックももちろん倒せないのだが、ドラゴンに追い詰められ丸腰となったヒックが、突然に才能を発揮する
 @丸腰のままドラゴンを命令するように後ずさりさせ、檻の中へと誘導しドアを閉めてしまうヒック
 @その猛獣使いのような様子に、若者たちも、教育係も唖然
 @訓練の済んだヒックは、そそくさとその場を立ち去る



 @訓練後は、フューリーのもとを訪れる日々が続く
 @人工尾ひれは、ヒックが騎乗して操作できるような作りとなる
 @毎日、人工尾ひれに改良を加えながら、試行錯誤の日々
 @フューリーと関わるうちに、ドラゴンの苦手なものや好きなものを、知識として蓄えていくヒック
 @その知識を訓練でも活かし、ドラゴンを倒さずに、うまいこと檻へと戻せるようになるヒック
 @そんなヒックの様子に村の人々もみな驚き、だんだんと人気者になっていくヒック
 @しかしアスティーだけは、「あんたなんか変よ?」と疑念を抱いている様子



 @ドラゴンの巣を探しに行っていた族長たちが帰ってくる
 @巣は探し出せなかったが、自分の留守中、ヒックがやり手の猛獣使いに成長していたことに喜ぶ族長



 @尾ひれも納得のいく完成品となり、完璧に飛べるようになるフューリー
 @フューリーとのお散歩飛行の途中、別のドラゴンと遭遇したヒック
 @フューリー以外のドラゴンも、餌を与えるとすぐになつくことが判明
 @ドラゴンがバイキングたちの思っているような存在ではないことを、徐々に確信し始めるヒック



 @工房にいるヒックを、族長が訪れる
 @ヒックが有能な猛獣使いになったという話を聞き、バイキングとして成長したことを喜んでいる族長
 @族長はヒックが今後、どんどんドラゴンを倒していくことを期待している
 @とてもじゃないが、ドラゴンを殺したくないとか、フューリーをペットにし相棒と呼んでいることなど言い出せないヒック
 


 @最終訓練の日
 @アスティーとヒックが残っている
 @この訓練で勝ったほうが一人前としての褒美、「みんなの前で初のドラゴン退治」をさせてもらえる
 @勝つ気満々のアスティーだが、ヒックが一瞬でドラゴンを手なずけ攻略してしまう
 @優勝者に選ばれるヒック



 @優勝後、フューリーのもとへとやってきたヒック
 @後をつけてきたアスティーに、フューリーの存在がばれてしまう
 @すっかりヒックにはなついているフューリーだが、アスティーには敵意丸出し
 @ヒックがとんでもないことをしていると知り、告げ口に戻ろうとするアスティー
 @ヒックはアスティーを説得し、フューリーの背中に乗せる
 @だがフューリーはヒックの言うことを聞かず、危険な飛行を繰り返し、無礼なアスティーを懲らしめにかかる
 @空中に放り出されそうな恐怖から、フューリーに謝るアスティー
 @許したフューリー、やっと穏やかな飛行に切り替える


◇ミッドポイント(絶好調)
 @悠々と空を飛ぶ体験をし、ドラゴンの価値を理解したアスティー
 @ドラゴンをペットにしているという秘密を、ヒックと共有することに

アスティー「でもどうするの、ヒック。明日は最終試験。ドラゴンを殺さなきゃならないのに…」
ヒック「それ言わないで…」

※)ドラゴンを殺す必要はないという理解者を得たことが、絶好調


◇迫りくる悪い奴ら
 @突然フューリーが勝手に飛行ルートを変え、ドラゴンの巣へと連れていかれる二人
 @ほかのドラゴンたちも続々と集まって巣へ向かう
 @ドラゴンたちはみな、獲物を運んでいる
 @ドラゴンたちが持ち帰った獲物は、すべて巨大な主ドラゴンのために捧げられていることが判明
 @主ドラゴンに獲物を捧げないと自分が食べられてしまうため、ドラゴンたちはみな必死



 @巣から逃げかえったフューリーとヒックとアスティー
 @やっと見つけた巣のことをみんなに報告しようとするアスティー
 @だが今みんなに知らせたら、フューリーのこともバレ、フューリーが殺されてしまうとヒック

アスティー「バイキングがずっと探していた巣なのよ? それを隠しておくっていうの? ペットのドラゴンを守るためだけに?」
ヒック「そうだよ」
アスティー「……」
ヒック「明日まで時間をちょうだい。何か方法を考えるから」
アスティー「わかった」

 @ヒックの優しいところに惚れでもしたのか、ヒックをどついたあと、キスしてからその場を去るツンデレなアスティー


◇すべてを失って(絶不調)
 @翌日、ヒックの最終試験が始まる
 @死の香り=最終試験の前にヒックが、「僕に万が一のことがあったらフューリーをお願い」とアスティーに言う
 @ヒックは覚悟を決め、みんなの前でドラゴンを手なずける様子を見せつける
 @村の人々、特に族長は、ヒックがドラゴンを殺すことを期待していたため、動揺する

族長「何をしている…!」
ヒック「みんなドラゴンを誤解している。ドラゴンを殺す必要なんかないんだ」
族長「試験は中止だ!」

 @ヒックになつきそうになっていたドラゴンだが、族長の大声に驚き、ヒックを再度攻撃し始める
 @いきなりピンチに陥ったヒックが悲鳴を上げると、それの聞こえたフューリーがヒックを助けるために村まで駆けつけてくる
 @ドラゴンとヒックの間に立ちはだかるフューリー
 @しかしフューリーの登場で村は大騒ぎ
 @フューリーが村を襲ってきたと勘違いし、退治しようとする村の人々
 @ヒックが必死に止めたことでなんとかフューリーは殺されずに済むが、危険視され檻に放り込まれることに



 @ヒックがドラゴンに寝返ったことに、大ショックの族長
 @フューリーをかばうヒックに怒りマックスの族長

族長「ドラゴンをかばうのか! 仲間が何百人も殺されたのに!」
ヒック「こっちだって何千頭も殺してるだろ!」

 @ドラゴンの巣には巨大な主がいること、ドラゴンたちは主のために仕方なく獲物を集めていることなどを、説明するヒック
 @仕方なくやってるんだから、ドラゴンを許してほしいとヒックは頼み込む
 @だが族長は、ヒックがドラゴンの巣を見つけたことのほうに着目
 @その主を倒すために、ドラゴンの巣へ向かうことにする族長
 @しかもドラゴンにしか探せない巣なので、族長はフューリーを連れていくつもり
 @巨大で危険なドラゴンだ、無謀だ、とヒックが止めても、聞く耳持たない族長

ヒック「父さん! 一生に一度くらい、僕の言うことちゃんと聞いてよ!」
族長「お前はドラゴンに寝返った! バイキングとは言えん。俺の息子でもない」

 @フューリーは拘束されたまま船に乗せられ、族長率いる大軍が出港していく
 @ドラゴンと戦える村人すべてが、あっという間に出撃していってしまう
 @その様子を失意しながら見送るしかできないヒック


◇心の暗闇
アスティー「めちゃくちゃね。落ち込むでしょう? すべて失った。お父さんも、仲間も、親友も」
ヒック「なぜ、あいつを森で見つけた時に殺せなかったのかな。そのほうが平和だったのに」
アスティー「そうね。ほかのみんななら殺してる。なぜそうしなかったの?」
ヒック「わからない。できなかった。なんで今頃、そんなこと興味持つんだよ」
アスティー「あんたの言葉が聞きたいのよ、今ここで」
ヒック「わかったよ、もう! 僕は弱虫で! 臆病で! だから殺したくなかった!」
アスティー「殺したくなかった?」
ヒック「なんでもいいだろ、殺したくない! ドラゴンを殺さないなんて、バイキング史上、僕が初めてだろうけど!」


◇第2ターニングポイント
アスティー「……ドラゴンに乗ったのもね」
ヒック「(なにか物のとらえ方が変わったような表情に)」
アスティー「それで?」
ヒック「……殺さなかったのは、あいつが怖がっているように見えたから。まるで自分を見ているようで」
アスティー「きっと今も怖がっているわ。どうするつもり?」
ヒック「あぁ、馬鹿な真似するかも」
アスティー「そうね。でもそれならもうしてる」
ヒック「イカれた真似!」(をするよ、といった感じで走り去るヒック)
アスティー「さすがヒック」(あとを追うアスティー)






つづく








(潮)映画「ヒックとドラゴン」のビート-1

ヒックとドラゴン
03 /10 2017
※映画のネタバレしてます。
※この記事にあるジャンルやビートは、私が「save the cat」という脚本術の本を参考に分けたものです。断定的に書いてはいますが、練習ですので間違っている可能性が十分にあります。ご了承ください。
※ジャンルやビートの説明については、このブログでは特にいたしません。ご自身でご確認ください。
※ジャンル分け記事同様、ビート分け記事も個人的なメモ要素が高いので、意訳になっていたり、映画を見ていないと解らない表記もあると思います。そのへんはもろもろお許しを。
※◇がビートです


*****

以前、ジャンルの練習で「ヒックとドラゴン2」を見ました。
今回はその前の話、1になります。
2を見た時は確か、1を見なかったせいか話の盛り上がりが欠けていると感じました。
ジャンルも判断に迷う感じだったと記憶してます。
今回の見た1のほうは、とても分かりやすかったです。




題: ヒックとドラゴン (原題: How to Train Your Dragon )
ジャンル: 相棒愛(ペット愛)
主人公: ヒック
主人公が倒すべき敵: 一番でっかいドラゴン


◆第1幕

◇OPイメージ
ヒックたち人間とドラゴンが対立し、戦闘している様子。


◇セットアップ
 @ヒックの住む村は、バイキング一族
 @村は定期的にドラゴンの群れに襲われ、飼育している羊を奪われる
 @村の人々はみな女性でも子供でも強く、ドラゴンとガンガン戦って追い払うことができる
 @そんな中、ヒックだけが非力でまともに戦うことができない、落ちこぼれ的な存在
 @戦闘要員になれないので、武器等の修理係として仕事をさせられている
 @しかしヒック自身は修理係に満足しておらず、ドラゴンを倒して功績をあげ、みんなに認めてもらい、みんなの仲間入りをしたいと思っている
 @ヒックの好きな女の子は、とても優れた戦闘要員



 @襲ってくるドラゴンは多種多様
 @バイキングの人々はみなドラゴンに詳しく、それぞれの特徴や弱点をおさえて戦うことができる
 @しかし一種類だけ、誰も姿を見たことがないドラゴンがいる
 @それはフューリーという種類
 @絶対食料を盗まないし、絶対姿を見せないし、絶対攻撃も外さないドラゴン
 @ドラゴンたちは夜に襲ってくるので、全身黒色のフューリーは夜空に紛れてまったく見えない



 @村がドラゴンとの戦闘でてんやわんやの中、ヒックは自作した投網用の大きな器具を持ち出し、フューリーを狙う
 @見事、仕留めることに成功したものの、フューリーは網に絡まったまま飛んで逃げて行ってしまう
 @仕留めたことに大喜びのヒックだが、別のドラゴンに襲われ逃げ惑う
 @悲鳴を上げて村を逃げ回るヒックに気づき、バイキングの族長が助けに入る
 @族長のおかげでヒックは助かるが、足手まといな行動をしたことでこっぴどく叱られる
 @族長はヒックの父親
 @フューリーを仕留めたんだとヒックが言っても、「まったくお騒がせ者めが」といった感じで誰も聞く耳持たない


◇テーマの提示
非力なくせに筋骨隆々の人々の真似をしてドラゴン退治をしようとするヒックに、族長や、子供たちの教育係的なオッサンがこんなことを言う。

族長「お前はドラゴン退治に向いていない」
教育係「要するに、向いてないのに無理して目指すなってことだ」
ヒック「…みんなの仲間になりたいんだよ…」


◇セットアップ続き
 @村の会議
 @このままドラゴンに襲われているわけにはいかないから、こちらからドラゴンの巣を探しに出かけようと族長
 @多少怖がって、渋る村の人々
 @族長が「一緒に来ない奴はヒックの子守だ」というと、みな「行きます、行きまーす!」と挙手



 @村の人々と同様、ヒックの扱いには困り果てている族長
 @バイキングそのものといった性質を持つ族長は、バイキングらしくないヒックをどう教育していいか分からない

族長「どうすればいいと思う?」
教育係「ほかの新米たちと一緒に訓練させろ」
族長「そんなことをしたら、すぐにドラゴンに食われてしまうよ。あいつは赤ちゃんの頃から、バイキングらしい教育がまったく効かないんだ」
教育係「だがヒックを止めることはできんぞ。望みナシかもしれんが、鍛えるしかない。いつまでも親が守ってやれるわけじゃないんだ。あの子は戦いたがっている」


◇きっかけ
 @ヒックは仕留めたはずのフューリーを探して森の中へ
 @こんな広い森で探せるわけもないと諦めかけた時、網に絡まって倒れているフューリーを発見
 @フューリーが死んでいると思い込み、これで自分も立派なバイキングだと喜ぶヒック
 @だがまだフューリーは生きていて、ヒックを威嚇
 @ビビるヒックだが、フューリーは網にぐるぐる巻きで身動きが取れず、体力も残っていない様子

◇悩みの時
 @眼だけをはっきりと開き、ヒックを凝視してくるフューリー
 @凝視にビビるものの、このままトドメをさしてみんなの仲間入りを果たすんだ、とナイフを振り上げるヒック
 @めっちゃ見てくるフューリー
 @だがヒックは自分を奮い立たせ、今一度ナイフを構える
 @フューリーは諦めたように目をつぶる
 @その様子に良心がいたむヒック


◇第1ターニングポイント
 @結局ヒックはナイフで網を切って、フューリーを自由にしてしまう
 @自由になったフューリーは怒り狂ってヒックに襲い掛かる
 @殺されるとビビるヒック
 @だがフューリーはヒックに危害を加えないまま、間近で激しい威嚇の咆哮をしただけでその場を飛び去る



 @帰宅したヒックは、族長からドラゴン退治を学ぶよう言われる

ヒック「ドラゴン退治はやめた。ドラゴンとは戦いたくない、僕にはドラゴンは殺せない」

 @だが族長は有無を言わさず訓練することを言い渡し、ドラゴンの巣を探すために出掛けてしまう




つづく


(潮)映画「シュガーラッシュ」のジャンル

◆脚本術/ジャンル仕分け
03 /08 2017
つい数日前にアナ雪が地上波でやってましたね。
放送が近いとは知らずにビート仕訳なんかしてしまって、公開答え合わせされてるみたいな気がしてヒヤヒヤした(^_^;)
どうだったんだろ、大きくは間違えてなかったかな?

さて。
一番初めにビート仕訳したシュガーラッシュなんだけども。
ジャンルは金の羊毛としてましたが、違ったんじゃないかなってジワジワと思ってきました。

メダルを手に入れるのが目的というところに着目して金の羊毛としたけれど、メダル自体は中盤で手に入るし、しかもそこで捨ててしまうんですよね。
そのへん考えると、金の羊毛じゃなかったのかなと。

序盤のテーマの提示では、悪役である自分を受け入れるんだ的なことが提示されてました。
そして最終的にもやはり、ラルフは悪役である自分を受け入れるようになっていました。
現状の自分を受容するというのは、人生の岐路だったと思います。

この映画も人生の岐路なのかなー、というのが今の考えです。
もう少し悩んでみてやっぱりジャンル違ったなと思えば、シュガーラッシュの記事をこっそりと修正しておきます。



【追記 2017/3/10】
やっぱり人生の岐路に変えました。
ここに、二つのジャンルの条件を書いておきます。
こう並べてみると、なんでシュガーラッシュを金の羊毛だと思ったのかと、過去の自分を小一時間尋問したいです。


●金の羊毛
1 道がある……つまり、主人公が報酬にたどり着くまでの「道のり」がある話。旅が短いか長いかは関係ない。旅とは比喩であり、実際には旅でなくてもいい。
2 仲間がいる……主人公の道案内として必要なメンバー。主人公にはないスキルを持っている。
3 報酬がある……主人公の目的そのもの。それは、帰郷、宝、生存権など、原始的なもの。


●人生の岐路
1 人生における問題……思春期から中年、死に至るまで、誰もが理解できるような人生の悩み事が主人公にある。
2 間違った方法……主人公は悩み事を、間違った方法で解決しようとする。たいていは苦しみから目をそらすために。

3 真の解決法は受容……主人公がずっと拒否してきた過酷な事実の「受容」こそが、真の解決策。変わらなくてはいけないのは周囲ではなく自分だと、主人公が悟ること。 


(潮)アイデア

「私のあなた、あなたの渡し」日記
03 /02 2017
ビート仕訳した効果かな。
たった1個だけど、そしてちょっとしたことだけど、アイデアがふいに浮かんだよ。
そのアイデアを採用すれば、自作品ももうちょっと分かりやすくまとまるんじゃないかな?
って思えました。
まだアイデアどまりだけど、いい兆候とみなします。

いやーしかし。
ゼルダが出ますね。
やるよ、俺は。
そしてホライゾンゼロなんとかってやつも、知っちゃった。
それもやりたいんだよ俺は。

映画見る時間あるのかなー??
やばいかなー??




(潮)映画「マグノリア」を見てみた

雑感
03 /01 2017
次の映画は何を記事にしようかなって考えている。
今日は「マグノリア」を見たんだけど、記事にするのは疲れそうだからやめようかなとか思っている。
敷居が高いっていうか。

マグノリアは群像劇で、ジャンルとしては「組織の中で」だと思う。
確か3時間くらいあるのな。
ほんで最後、空から唐突に大量のカエルが降ってくるんだよね。
公開当時、劇場で見たけれども、まだ若かったんで「ファッ!? カエル!?」ってなって帰ってきたことしか記憶になくて。
私にとって、理解不能な映画だった。
今回も、まとまった時間なかったんで2回に分けて、それも数週間空けて見たら、やっぱり「ファッ!?」ってなった。
数週間前に見た前半をほぼ忘れてたのも悪いけど。

ビート仕訳のために見るとは言っても、1回目は漠然と鑑賞することにしているから。
こういう映画だとやはり最後に「ファッ!?」ってなるよねー。
でも今ならわかるよ、ちゃんと最初から注意深く見て、いろいろ記憶しながら見続けていけば、理解できるはずの映画だということが。

突拍子もない偶然が今につながっているんだ、みんなをつないでいるんだ。
そんな感じのテーマをもった映画なんだと思う。
多分。
ビート仕訳しないから、ちゃんと「多分」って言っとく。

公開当時に見たときは、今までのストーリーに脈絡なくカエルが降ってきてエンドすることと、トム・クルーズが「イチモツをうやまえ!」って言いまくっていたことしか覚えておらんかったです。

どんだけぶりに鑑賞した今日は、トム・クルーズ演じる恋愛講師が、幼いころに父親から「イチモツ野郎」と罵られていたことを知りました。
そして傷ついていたことも。
病床の父のもとへやってきて「死んじまえ」って罵るんだけど、最終的には「死なないでくれ、父さぁん、うわぁぁん」ってなる、ということも今日知りました。
だって、カエルの衝撃のせいで、そのあとのシーンなんか上の空だったんですよ、当時は。

この映画は群像劇なんで、いろんなキャラが出てきて。
その全員がカエルが降ってきた時点からなんだか素直になるというか、行動が変わるというか、真実が解るというか、とにかく劇的変化に向かうんです。
割と酸いも甘いも味わってきた大人向けの映画だと思うので、そういう大人がちゃんと腰据えて見たら、結構面白いんじゃないかなって思います。
でもね、雰囲気はノワールっていうか、くらーい感じだよ。
みんなウジウジしてて、ひゃっほーこっちが滅入るぜーって感じです。
でも最後は一応みんなハッピーエンド、かな。







ぐろわ姉妹

実の姉妹が小説を共同制作しています

ぐろわ姉妹
潮八(姉):発動する人
斑丸(妹):調整する人

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